「それなんですが、癌細胞の有無を敏速に調べるためにも、CT(コンピューター・トモグラヒィー)スキャナーを購入していただきたいのですが?」

「CTは安い物でも2億は下らないでしょう?…先生にはうちに来てもらう時に必要な機材のリストは挙げてもらった筈です。それだけでも2、3億はかかります。
気持ちはわかりますが、これ以上は何年か待ってください」

「仕方無いですね。 そうなると、研究の立証にも時間がかかることになりますがね」

白木は渋い顔を作った。そして一回うなった。

「先生にはまずエイズ治療薬の完成を最優先にお願いします。それが一段落ついてから、これらの研究をなさってください。その時にはCTの問題も、問題ではなくなってると思いますから」

複雑な表情の社長が去った後、少し時間をあけて8階に昇った。

会議室には山口秘書がまだ待っていた。

「ごめん。遅くなって」

「いったい、どこまで行ってらしたの?…火星は無理でも、月までは充分行ける時間でしたわよ」

「ごめん。本当にごめん。その代わり近い内に、火星は無理だが、オットセイを見に連れてってあげるね」

僕は彼女に唇を近付けた。

彼女は顔を横にずらした。僕の唇は目的地を外して、まるで火星の表面のように紅潮している頬に着陸した。

「私、こんなことしてる暇ないんだわ。…いけない仕事に戻らなきゃ」

彼女は豊満な腰を揺すり、部屋を出て行った。
僕は一人部屋に残され、安堵の溜め息をついた。