マムシは僕と柳沢の方に片足を引きずりながら向かってきた。
彼の引きずっている左足のズボンは膝の少し上の部分でパックリと一文字に裂け、そこから流れ出している血が紺の着地を黒く染めていた。
そして、再度強く心臓の収縮している僕の横を擦り抜けると、悶絶している男の前で左足をかばうように跪(ひざまず)き、男のズボンのポケットから鍵の束を取り出した。

そのあと白い靴下をなおも赤く染め続けている痛々しい左足を軸に、悶絶したままの男を蹴った。 
――― 蹴りまくった。

いつの間にかトイレの前は大勢の懲役たちで一杯になっていた。その人垣を掻き分けて入って来た、別の看守の手によって、執拗に蹴りを放っていたマムシは取り押さえられた。

僕が怪我を負わせた男は、ボス格の懲役で、怪我の程度は脳震倒と五針の裂傷で事無きを得た。
…ここでは五針の裂傷など日常茶飯事のことなので、事無きを得た、なのだ。

その男は、最近マムシにネチネチと言葉でいたぶられていたことに腹を据え兼ねていて、仕返しのついでに彼から鍵を奪い、脱走を計画していたのだ。

マムシがひとりになるのを狙っていた男は、マムシにつづいてトイレに入り、個室で大用をしていた柳沢の存在に気付かず、この時とばかり、隠し持っていた家具工場から盗み出した刃物を使って、切り掛かった。
…僕がノミだと思っていた刃物は、その男が作業中に鉄のツガイを看守に隠れて削り、鋭利に加工した物だった。
…考えてみれば、家具工場の刃物は番号がつけてあり、絶えずチェックを受けていた。人知れず持ち出すことは、ペンギンがいくら努力しても飛べないように不可能に近い仕業だった。

そしてその男の一撃を、マムシは左足の太腿で受け、乱闘になっている時に柳沢が助けに入った。