「なんでも…加齢臭や匂いを取る…って配合されてる洗剤や石鹸が多いみたいです」
「これ…胆汁成分ですか?」
「そうです…牛の胆汁で天然由来の洗剤には使われる事があるみたいで…」
「このサンプル…使って良いですか?」
何かを思い出した様に侘助が立ち上がる。
「構いませんけど…侘助さん?」
「巡さん…すみませんが、その一番濃い色の和紙にでんぷん糊を塗って下さい。尽君は…和紙に鉋屑を重ねて貼り付けて下さい」
二人は顔を見合わせて侘助に従う。
「…そろそろですかね…」
ドライヤーで和紙に貼った糊を乾燥させていた侘助が言うと雨衣が侘助の指示でタブレットでの録画を開始する。
「この洗剤…普段どうやって使用されているものですか?」
「スプレーボトルから直接噴射ですが…」
「原液ですね?尽君…霧吹きが無いので、スポイトで落として下さい…」
「分かりました…」
尽がスポイトで数滴の洗剤を落とす。
「… …」
「…鉋屑が浮いて来ました…」
雨衣がタブレットを寄せる。
「スプレーした後は…スポンジで擦ったんですね?」
報告書に基づき侘助がスポンジを当てこする。
すると…
貼り付けた鉋屑が簡単に消えた。
「消えた?」
「いえ…正しくはスポンジの摩擦で崩れ溶けたんです」
洗剤は柿渋を施した和紙では無く、和紙を貼り付けていた糊に反応した事が分かった。
「表面の鉋屑はスポンジの摩擦により分解…ね…」
「そうです…やり方を変えれば同じ洗剤を使えば傷付けずに襖絵を取り出せると思います」
珍しく侘助が纏めた資料に伊勢が目を通す。
「分かった…巡君を手伝わせるよ」
「ありがとうございます…後、尽君もお借りしたいのですが…」
「それも任せるよ…久々だな…侘助さんが主任者になるのは」
「失礼します」
伊勢が嬉しそうに侘助を見送る。
「久々に呼ばれたんだけどな…」
白いシャツの夏服に衣替えが終わった尽が笑う。
「巡さんは資料集めに奔走してくれてます。何を笑っているんですか?」
「いや…雨衣の言う通りになったな…と思って」
「そうですか…これが資料です。今日はここに行こうか…と…」
侘助が差し出したのは市内のガイドブックだった。
「これが資料ですか?」
付箋が沢山ついたガイドブックに目を丸くする。
「一番詳しく書いてあったらしいです」
「ここ…個人宅で展示は週末だけですけど…」
「問題ありません…尽さんの資料を貰いに行くだけですから」
侘助は先に歩き出す。


