「巡さんはご存知なかったんですか…」
顔を上げずに侘助が言う。
尽を先に帰し、報告のために博物館に戻った雨衣は修復室に立ち寄っている。
「はい…さっか知りました」
机にうつ伏したまま答える雨衣の声は篭る。
報告はいつしか尽の話になっていた。
畝に宮司に会える様に手配を頼み、次の約束を取り付けた帰り道…
「じゃあ…尽君のお祖父さんが?」
「あ…うん。言ってなかったけど…博物館が作られたきっかけの知新神社の神主やってるよ…」
古い歴史のある知新神社は、どの旅行ガイド本を見ても登場する。
規模が小さいが現在では(縁結び)で有名だ。
「今は…縁結び…って言われてるけど…最初は、雨衣の仕事が由来に近いかな…持ち込まれた物や盗まれた物の場所を式神使って探してた…って話」
「式神…って…あの式神?」
「セキュリティとか存在しない時代だろ?盗難、窃盗なんか日常的だったらしいし…それを式神で…って話。博物館になった理由は知ってるよね?」
博物館は知新神社の保管庫だった場所に建てられた。
鑑定されたが引き取り手が現れない、式神の力を聞いた盗んだ者が怖くなって置いて行く…。
そんな品々が集まった。
それらを管理、保存、展示する目的で博物館は建てられた。
博物館と各省や歴史的建造物を管理する場所との連携で鑑定後に返却出来た物もある。
「まぁ…仕事ですからね…余計な話をしなくても成り立ちますけど…一応はパートナーなんですから」
「分かってます…他愛のない話はするんですよ?今日だって馬の話から…」
「上手く逸らされてしまうんでしょ?」
侘助の言葉に、顔を上げた雨衣が髪をかき上げる。
先に帰らせた尽と唯一、他愛のない話をしながら歩く正門までを一人で歩く。
手にした携帯電話が着信があった事を知らせている。
確認しなくても尽だと分かっているが今は折り返す気力は無い。
「あの力ですからね…神主さんに引き取られる前は大変な目に遭ってたみたいです」
侘助は、核心に触れた話はしないが尽の事を知っているのだろう。
(力か…)
思わず立ち止まり深呼吸をしてみた。
(私が何も感じる訳ないか…)
振り返り知新博物館の外観を見つめる。


