ラウンジの従業員も、今ではすっかりあたしのことを覚えてくれたよう。

裏口で会釈すると、すぐに社長のいる席を教えてくれた。


深紅のクッションが置かれた、座面の大きなアンティークの椅子。
そこに、ゆったりと腰をかけていた社長は、あたしの姿を見ると軽く手をあげる。


これが恋人同士の待ち合わせだったら、どれだけ幸せだろう。


現実は、


「悪いな。これからここで、磯野まりかと対談でさ、知ってる?磯野まりか」


知ってるもなにも、人気アイドルである彼女の事を知らない訳が無い。


通りで嬉しそうな顔をしている訳だ。


それでいて、きっと本人の前では何でも無いふりのツンデレ社長になるに違い無い。


あたしと来たら、あの夜以来社長こうして二人で会う機会はなく、どんな顔をしていいのか分からないというのに……。


急ぎで呼ばれたんじゃ無かったら、また緊張で固まってしまっただろう。


「あの、これ。持ってきました」


「さんきゅ」


包みを手渡すと、社長は時計をじっと見る。


「あと5分か。ちょっとお前も来い」


急に立ち上がり、向かった先は、フロアの奥にある薄暗い階段の踊り場。


さすがにラウンジで口を注げないからって、こんな場所でしなくても……と思いつつも、後に続いたあたし。


少し歩けば、ピカピカに磨かれた化粧室もあるはずなのに……。


ところが、誰もいない踊り場で社長は足を止めるとあたしに向き直り一言。


「お前さ、分かり易すぎるわ」