1組から順に話があって、最後に7組。

川上先生だ。



「えー、みなさんこんにちは。生物の川上です。」



思ったより低めの声。

少しくぐもっているような、それでいてよく通る声。



「今日はこういう場をいただいたので、昔の教え子の話を少ししたいと思います。


 私が昔、別の高校に勤めていた時、あるクラスの担任になりました。

 そのクラスで、一人の女子生徒に出会いました。

 彼女は、とても明るい子でした。

 彼女の両親は、いませんでした。

 両親は離婚して、父親に引き取られて。

 でも、ある日父親が倒れて、そのまま亡くなってしまいました。

 彼女には、弟が、ひとり、いました、……」



一言一言、噛みしめるように話していた先生は、突然声を詰まらせた。

すみません、そう一言発すると、内ポケットから出したハンカチで目を覆った。


私は、驚いた。

川上先生は、いつも飄々としているイメージで。

こんなふうに、感情を露わにする人だとは思わなかったんだ。



「すみません、続けます。

 彼女は、学校に許可を取って、特別にアルバイトをしていました。

 弟を、自分がせめて高校まで出してやるのだと言って、決して弱音は吐きませんでした。

 他の生徒が勉強で精一杯の中で、彼女は働き、弟の面倒を見て、一生懸命に暮らしていました。

 お弁当を……、持って来られない日もあって、……そういう日は、友達に分けてもらって。

 でも、そんな時でも、彼女はいつも明るく振舞って、皆に好かれていました。


 彼女が3年生になる年、私は他の高校に異動になりました。

 彼女を最後まで応援したかったけれど、それは叶わず。

 でも、卒業式には、自分の高校の卒業式を休んで、彼女の高校に父兄として行きました。

 そのくらい、ひたむきな彼女には心を打たれて。


 すみません、まとまりませんでしたが、これで終わります。

 みなさんに、今ここで勉強ができることが、とても幸せなことだと伝えたい。

 以上です。」



時折声を詰まらせながらも、最後まで話をした先生。

視聴覚室は、温かい拍手に包まれた。



あの時、思ったんだ。

なんて愛情深い人なんだろうって。



自分の高校の卒業式を休むなんて、考えてみれば大変なことだ。

しかも、相手は女子生徒だから、何を疑われるか分からないのに。


同情ではなく、心からの優しさを生徒に向けた先生。

川上先生の存在が、彼女にとって、どれほど安らぎになったことだろう。


その無鉄砲さに、心が魅かれた。

私が今欲しているのは、川上先生の持つ自由さに似ている気がしたんだ。


今思えばこの時、私はすでに先生に憧れ始めていたのだと思う。