そして、賞状や楯を返してもらって。

私は一人で、廊下を歩いていたんだ。

納めのある生徒は、残っていなければならなかったから。

あっきーたちはもう、先に行ってしまっていて。


とぼとぼと、歩いていた。

すると、後ろから走ってくる足音が聞こえて。

何事だろうと思いながら、私はゆっくり歩いていた。



「晴子。」



呼ばれて、はっとして振り返る。

すると、そこには。



「……川上先生。」


「すごいな、お前。」


「いいえ。こんなの。」



こんなの、すごくない。

こんなの、意味を成さないよ。

いくら賞を取ったって、私の望みが叶うわけではなくて。



「それより先生、センターの生物、98点でしたよ!」


「ああ、知ってる。お前、惜しいじゃんか。なに間違えたんだ!」


「遺伝のとこ。」


「遺伝?」


「ケアレスミスですよ。分かってたのに、間違えた。」


「バカだなー。」



ああ、久しぶり。

久しぶりだ。

先生と、こんなふうに話すのは。


私が何かを言って、先生がバカ、って返してくれる。

この、普通の会話が。

どれほど貴重なものだったか―――



「自由登校になったら、論述みてやるから来い。」


「はい。」


「生物講義室を開放するから。友達を連れてきてもいいし。」


「はい。行きます。」



本当は、行けるなんていう確信はなかった。

自由登校になったら、親が家を出してくれないかもしれなかったから。



先生と廊下で別れて。

教室に入って、自分の席について。

初めて私は、自分の手が震えていることに気付いた。


こんなに強い感情、生まれて初めてかもしれない。



「晴子、どうしたの?」


「……川上、せんせい、がね。……きてくれたの。」


「え?」


「……ううん。」



伝わらないだろう。

この気持ち、きっと、誰にも―――


あの日からずっと、先生とちゃんと向き合わないできた。

自分の気持ちとも、向き合わずにきた。


だけど、こうして。

川上先生と話すと。


置き去りにしたはずの感情が、蘇って来るみたいに。

私は心の底から、先生を愛おしいと思ったんだ。

先生という存在が。


こんなにも、本気で人を好きになったのは、初めて。

話せただけで、手が震えるなんて、初めて―――


真冬の教室で、もう捨てたはずの恋を。

私は、必死に拾い集めて。

そして、ひっそりと、胸に抱きしめたんだ―――