それから天野先生も、私との話、忘れてないみたいだった。


授業中に、みんなに配られた大学の過去問が、S大の問題で。

私は思わず、涙ぐんでしまった。


天野先生が、諦めるな、って言ってくれている気がして。



そしてその日、思いがけないことがあったんだ。



帰ろうと思って、階段を下っていた。

最後の一段を降りた瞬間。


さっと、階段の影に引き込まれて、私は驚いて。

それが、川上先生であることに、さらに驚いて。


何を言ったらいいのか、困っていると、先生は静かに言った。



「はるちゃん、進路、変えたんだろ?」



はっと両手を口に当てると、先生は寂しそうに微笑んだ。



「大丈夫か。」



見る見るうちに、視界が歪んだ。


川上先生、ありがとう。

私からじゃ、絶対言えないことだったよ。

それなのに、先生の方から言ってくれて、ありがとう―――



私の様子に、勘のいい川上先生が気付かないはずはなかったよね。

それで、私に尋ねずに、きっといろんな人に訊いてくれたんだと思う。

私は、天野先生と友達数人にしか話していないのに。

一体どうやって、先生はそれを知ったの?



「N大だって、研究はできるぞ。それに、俺の知り合いの教授もいる。」



先生は、涙を必死にこらえている私を泣かそうとするみたいに、必死に慰めてくれたね。



「実を言うと、俺、この高校出身なんだよ。その知り合いの教授、っていうのも、俺の同級生。」



はっとした私に、先生は言った。



「だから、お前は最初っから俺の後輩。」



先生、慰める天才かもしれない―――

私が川上先生に話せなかった理由、ちゃんと分かってくれてたんだね。

後輩ができるかな、って。

そう言ってくれた先生の言葉に、私がずっと苦しめられていたってこと。

分かってくれていたんだね。



「だから頑張れ。な?」



なだめるように言われて、私は頷くしかなかった。

なんだか悔しい。

川上先生が、完璧すぎて悔しい。


だけど、先生とこれ以上一緒にいるところを、誰かに見られたら困る。



先生に話したいことは山ほどあったけど。

私は、さよなら、と言って川上先生の元を離れたんだ―――