その頃、私が一番嫌だった授業は、もちろん数学だ。

私は入試でⅡBまでしか使わない。

それなのに、理数科はⅢCまで学ばなければならなかった。

それはもう、苦行でしかなくて。

私は毎日、どうしようか悩んでいたくらい。


そんなことを勉強するくらいなら、入試の勉強をした方がいいに決まっているのに。

理数科に入ってしまったことは、間違いだったって思った。

だけど。

そうでなければ川上先生に会えなかったから。

まあ、これも正しかったのだろう。



そんなわけで、私は毎日、担任がすごい勢いで板書するのを、ノートに写すだけの日々であった。

それを私は、「写経」と呼んでいた。

なんだか、膨大な数式をノートに写していると、段々精神が研ぎ澄まされてくる気がする。

なーんて、ばかなことを言いながら。



その日も、担任に呼ばれていじめられてた。

ⅢCのテストなんてしたって、出来るはずないのに。


「晴子さん、丸の数はいくつですか?言いなさい。」


とか、わざと言ってくる。

このジジイ、今に見てろ、って思いながら、私は耐えていた。



そして、職員室を出ようとしたとき。

面白そうな顔をした川上先生が席を立って、こっちにきた。

そして、すれ違いざまに。

私の耳に顔を寄せて、囁いた。



「写経に励め!」



思わず吹き出してしまう。

担任と目が合って、気まずくなって逸らした。


ほら、川上先生はすごい。

絶妙なタイミングで、私のことを助けてくれる。

そんなことしたら、担任と対立してしまうのに。


川上先生はやっぱり、第一印象と同じ人だった。

自由なんだ。

それでいて、とても愛情深い。


そんな先生が、好きで好きで仕方がなかった―――