True Love

会話が途切れてしまうと、私の下駄の足音と虫の鳴き声ばかりが響いていた。

「そういや、今さらだけど…足痛くなったりしねーの?」

「え?ううん、平気だよ!」

「そっか。でも女子って大変だな、下駄履いたり浴衣着たりして」

男子でも浴衣や甚平を着ることはあるだろうけどと思いつつ、柴崎くんはそういうことをしようとしないのだろうと理解する。

「まあ大変だけど、楽しいよ。きれいな浴衣を着ることができて」

「確かに可愛いな」

柴崎くんの『可愛いな』という言葉に一瞬ドキッとした。だけど彼の方も自分がした発言に焦りを見せた。

「あ…ゆ、浴衣。その浴衣可愛いと思うよ」

「あ、ありがとう」

だよね。〝浴衣”が可愛いんだ。自分のことではないことはわかりきったことではないか。

それからはまた他愛もない話をしながらふたりで夜道を歩いた。

私の家の前に着くのはあっという間のことだった。

「じゃあ、またね。帰り道気を付けてね」

明かりがついた玄関のドアの傍に立ち、門の外に立っている柴崎くんにそう声をかける。

だけど、柴崎くんは私の方をじっと見て何も言わずに歩きだすこともなかった。それに対してどうしたのだろうかと疑問に思い、また声をかけようとした時にようやく彼が声を発した。

「…浴衣、似合ってる。可愛いと思う」

予想もしていなかった褒め言葉に私は一瞬言葉を発することができなかった。

「じゃあな」

柴崎くんは恥ずかしそうに顔を下に向けたまま、彼の帰路を歩き始める。

「あ、ありがとう!気を付けてね!」

彼の背中が見えなくなるまで私はその場に立ったままでいた。

心臓がバクバクいっている。耳まで熱いのがわかる。きっと今の私はゆでだこのように違いない。

やはり虫の声が響いていた。