「よ、酔っぱらってますね、 麗香さん?」
「酔っぱらってないわ」
酔っぱらいは、酔っぱらっているとは認めないものだ。
「さ、寒いから、部屋に戻りましょう。風邪引きますよ」
わざわざ、虎の尾を踏みつけるような真似はしたくない。
こういうときは、逃げるに限る。
慌てて身を引こうとする拓郎の事など気に掛ける様子もなく、麗香はニコニコと小悪魔の笑みを貼り付けたまま更に強い力でネクタイを引き寄せた。
「この、薄情者」
小悪魔の笑みは、魔女の妖艶な笑みに変わる。
「麗……」
次の瞬間、拓郎の言葉は麗香の唇で塞がれてしまった。
むせ返るような花の香りと、柔らかい唇の感触が拓郎を包み込む。
アルコールと花の香りと熱い唇。
頭が、くらくらする。
この香水。
確か『T・ローズ』と言ったか。
『Tは、temptationの略で「誘惑」の意味があるのよ』と、昔、麗香本人から教えられた記憶がある。
甘い陶酔の中、何故か、藍の屈託のない笑顔が脳裏に浮かんだ。
藍なら、どんな香りが合うのだろうか――。
いや、香水は似合わないな、きっと。
心の奥の深い所に走る微かな痛みを感じながら、拓郎はぼんやりとそんな事を考えていた。



