蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~


そうかもしれない。


付き合っていたころ、会うのは決まって互いの仕事帰りで、大手出版社に勤める麗香はスーツ姿。拓郎はアルバイト帰りの普段着で、主にジーンズ姿だった。


実際は三歳の年齢差しかないが、拓郎が童顔な事もあって、傍目には『やり手キャリアウーマンと若いツバメ』に見えたかもしれない。


「似合ってるわよ。思わず、惚れ直しそうなくらいにね」


「それは、光栄ですけど……」


「けど? 」


「彼氏に怒られそうで、怖いですね」


このセリフは、『これだけの美人を周りの男どもが放って置くはずはない』という推測と、何となく離れてしまった過去の恋人への贖罪の気持ちが言わせたものだ。


拓郎が殊更、二人の関係の自然消滅を狙った訳ではないのだが、事実のみを客観的に見ればそう言われても仕方が無いのだ。


「……たぶん、教えても怒らないと思うわ」


麗香の声がワントーン落ちたことに気付いて、拓郎はギクリと固まった。