確かに昨夜まで、藍はこの部屋にいた。
その温もりも、まだ、こんなにはっきりと腕の中に残っている。
だが現実に今、藍はここにはいない。
突然消えてしまった。
そして拓郎には、その理由の見当すら付かないのだ。
トン――。
流し台脇の壁に背を預け、拓郎は大きく一つ息を吐くと、一気に眠気の吹っ飛んだ重い頭で考えを巡らせた。
もしも自発的に出て行ったのなら、その理由を言って行くはずだ。
拓郎を通じての、ごく限られた人間としか関わりがない藍が、他に好きな男が出来たとか言うのは考え辛い。
例え、そんな理由であっても、藍はキチンとそれを拓郎に伝えるだろう。
少し風変わりではあるが、拓郎の恋人は、そう言う真っ直ぐな所のある人間だ。
黙って出ていくようなことは、絶対しない――はずだ。
「いったい、何があったんだ?」
突然姿を消す、理由――。
それとも、消さざるを得ない、理由か――?
ドクン、と鼓動が跳ねた。
胸騒ぎがする。
ジワジワと背筋を這い上がってくるような、言いようの無いこの不安感。
何か、良くないことが起こっている。
そんな気がしてならない。



