「おはようございます。大沼 藍ちゃんね。私は佐藤君恵、ここのアパートの大家です」
ドアの向こうには、そう言ってにこやかに笑う五十代後半くらいの、ふくよかな女性が立っていた。
「おはようごじゃいますっ!」
一緒にいた五歳くらいの小さな女の子が、ニコニコ満面の笑顔でペコッと頭を下がる。
藍は思わず、へなへなと肩の力が抜けてしまう。
――そうよね。
いくら何でも、昨日の今日で居所が知られる訳がない。
「お、おはようございます」
ニコニコ笑顔のままの君恵に『ぺこり』と頭を下げながら、芝崎さんの留守中に一人でここにいる経緯をどう説明しようかと、せわしなく考えを巡らせる。
でも、結局。
「あの……。芝崎さんは、仕事に出掛けているんですが……。帰りは、三日後だそうです」と、何の芸もない答えしか出てこない。
そんな藍を不審がる様子もなく、うんうんと、『分かっているわよ』と言うように君恵は頷いた。
「今朝ね、芝崎君が家に寄って行ってね、『女の子が家に居るから、自分が留守の間、お願いします』って頼みに来たのよ」
大家さんは『バチン』とウインクをすると、楽しそうに目を細める。
その優しい笑顔は、なんとなく世話係の『前田さん』に似ていた。



