蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~


寝室の和室には家具らしいものは洋服ダンスとサイドテーブルくらいしかないので、LDKの方から始めることにした。


LDKと言っても、家具はコタツとテレビの置いてあるサイドボード、ステンレスのパイプラック位しかない。


後は、キッチン脇の壁際に置いてあるツードアの冷蔵庫。


食器類は、キッチンの洗いカゴに全部収まってしまう数しかないので、食器棚もないのだ。


独身男性の部屋など他に見たことがない藍には、それが普通と比べて多いのか少ないのか判断が付かないが、自分が使っていた部屋と比べると、『何も無い』に等しく思えた。


掃除をするには楽だが、藍は、なんだか寂しい気がした。


さすがに、『はたき』は置いていないようなので、雑巾を固く絞って窓のサンや家具の上の埃を拭き取って行く。


「前田さん、心配しているかしら……」


ふと、子供の頃からの世話係だった優しい女性の顔が浮かんだ。


こう言う掃除の仕方はその人が教えてくれた物だった。


掃除だけではない。


料理や裁縫、勉強に至るまで、生活していく上で必要なことは彼女にみんな教わった。


両親のいない藍にとっては、『母親』そのものの女性。


その人にも、もう会うことは出来ない……。