蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~


拓郎が、撮影機材を車のトランクにしまい、変わりに手のひらサイズのコンパクトカメラを持って展望台のテラスに戻ったとき、目の前には不思議な光景が繰り広げられていた。


展望台のテラスにある、ベンチに座る藍。


それはさっきと何も変わらない。


問題は、藍の様子だ。


藍は紙コップを持った手つきのまま、空を掴んでいる。


その手に持っていたはずの紙コップは足下に転がり、グレーのタイル張りの床に茶色いマーブル模様を描いていた。


要は、まださほど飲んでいないだろうココア入りの紙コップを、落とした状態のまま固まっていたのだ。


何してるんだ?


訝しげに近付くと、その原因が見えてきた。


思わず、クスリと笑いの衝動がこみ上げる。


「藍ちゃん、どうしたの?」


「し、芝崎さん! こ、これ、どかして下さいっ!」


のんびりと声を掛けると、藍は動けないまま情けない声を上げた。


「珍しいな。ヒマラヤンのノラ公か?」


拓郎は、藍の膝の上に鎮座している金縛りの原因を、ひょいと抱き上げた。


抱き上げられて不服そうに鼻をヒク付かせているのは、体重が5キロは越えているだろう、丸々と太った大猫・ヒマラヤンだった。


シャム猫の毛色を持った、ブルーの瞳の長毛種のペルシャ猫。


首輪を付けていないので拓郎は『ノラ猫』だろうと判断したが、その体には栄養が行き渡り、身がみっちりと入っていた。