50センチ、30センチ。
近づいてアップになってくる柏木の表情は、いつもの冷静な『医師』のもので、他の感情は微塵も感じさせない。
でも、15センチ。
ここまで来ると、さすがに近すぎる。
柏木の、銀縁メガネの奥の理知的黒い瞳に映る自分の驚いた顔を見詰めたまま、さすがの藍も、この事態に身を固まらせた。
このまま近付けば、そう遠くない未来、確実に顔がぶつかる。
頭突きでもしようと言うんじゃ無ければ、その意図は明らかのような気がする。
藍は、身体を引こうと身を仰け反らせるが、ベットに横たわった身ではどうする事も出来ない。
「せ、先生!」
「うん? どうした? 少しじっとしていて」
「な、な、何してるのいったい!?」
「何って、目の血色を見て居るんだが、どうして?」
「……え?」
――目の血色?
思わず点目になる藍の心の動きを知ってか知らずか、柏木はごく冷静に、両手を伸ばして藍の目の下の皮膚を引っ張ると、下瞼の裏の血色を『観察』し始めた。
顔に触れている柏木の、少しヒンヤリとした指先の感触が、上気した藍の頬を更に上気させる。



