階段を上がった所で、後ろを小走りに近付いてくる人の気配がして振り返ると、見覚えのある人影があった。
「お帰り~」
ニコリと笑顔で『はーい』と片手を上げたのは、意外な人物、大家の娘・美奈だった。
「美奈さん、どうしたんですか、こんな時間に」
拓郎が大家である佐藤家を訪ねる事は良くあるが、美奈が拓郎の部屋に足を運ぶのは珍しい。
最後に美奈が拓郎の部屋に来たのは、もう七年以上も前、美奈がまだ貴之と結婚する前の事だ。
「たまには、一杯付き合いなさいよ」
と、美奈が掲げて見せたのは、一升瓶の入ったビニール袋だ。もう片方の手に下げられた袋にも、何やらタッパーに詰め込んだ『おつまみ』らしき物が入っている。
「良いんですか、一家の主婦がこんな夜更けに、若い男の所に酒盛りに来て」
「何言ってんのよ、青二才君が。襲う甲斐性があるなら、七年前に婿に貰ってあげたわよ。ほら、待ちくたびれたんだから、早く鍵明けて」
「はいはい、分かりましたよ姉御」



