蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~


「失礼します」


軽く会釈をして、室内に足を踏み入れる。


いよいよご対面だ。


否が応でも緊張が高まっていく。


敷き詰められているグレーの分厚い絨毯が、足音を全部吸収してしまい、実に心許ない。


こういうのは、普段歩き慣れない為か、フワフワとまるで現実感が湧かなくて苦手だ。


拓郎は心と同じく幾分おぼつかない足取りで、カマキリ秘書の後に続き足を進める。


秘書の背中越しにチラリと視線を走らせると、室内は、趣味の良い重厚なダークブラウンの家具で統一されていた。


正面の壁一面の大きな一枚ガラスの向こうには、くすんだ青空の遙か下で、都会の街並みが精巧なジオラマのように広がっている。


視線を巡らせると、窓際に、拓郎を正面に見据えるように置かれている立派な木製のデスク。


そこの、座り心地の良さそうな革張りの椅子に深々と座っている和装の老人と視線がかち合った――。


ドキリ、と鼓動が大きく跳ねる。


前もって渡された資料にあった、見覚えのある風貌。


無駄のない、と言えば聞こえはよいが、骨格に皮を張り付けたような小柄な体躯。


幾分寂しくなった漂白したような見事な白髪は、オールバック。


広い額。


顔のバランスから言うと、かなり大きめの福耳が目を引く。垂れ加減の目は、糸を引いたように柔和そうに細められてシワに埋もれている。


間違いない。


それは紛れもなく『藍のお祖父様』、日翔源一郎その人だ。


無言で向けられる表情からは、何も読みとれない。