「仕事はもう終わったから大丈夫だよ。それよりも、どうかした? 何かあった?」
返事をしたきり電話の向こうで黙り込んでしまった藍に、拓郎は、なるべく穏やかに問いかけた。
「しらたまが、ぐったりしたまま起きないんです……」
後半は、掠れて涙声になっている。
『しらたま』とは、子猫の名前だ。
「起きないって、眠っているんじゃなくて?」
――ぐったりしている?
「朝、少しミルクを舐めただけで、後はぜんぜん何も口にしないで眠ってしまって、ずっと気になって見ていたんですけど、一時間くらい前から呼んでも反応しなくなって、息も苦しそうで……」
すすり上げるような音が言葉尻に重なる。
一時間。
恐らく、拓郎に電話するかどうか藍が迷っていた時間なのだろう。
時の流れと共にゆっくり近付いて来てはいても、それほどに二人の距離はまだ遠い――。
遠慮なんかしないで、すぐに電話してくればいいのに。
拓郎はそう思ったが、口には出さず『45分くらいで帰れるから、出掛ける用意をして置いて、動物病院へ連れて行こう』
そう言って、電話を切った。



