ただ、なるべくなら、藍の悲しむ顔を見たくないと、そう思ってはいるが。
拓郎は急かすことなく、藍が答えを出すのを、ただじっと待った。
「私……」
暫く考え込んだ後、静かに口を開いた藍の横顔に、拓郎は決意の色を見た。
「うん?」
素直なようでいて、こうと思ったことは決して引かない。
出会ったときから感じていた藍の芯の強さ。
拓郎は時々、そんな藍の強さが羨ましくなる。
「やっぱり、この子が良いです」
藍は、まだ懸命に乳を吸う小さな白い子猫の頭を、そっと撫でる。
たぶん、藍ならばそう言うだろうと思っていた拓郎は、クスリと口の端を上げた。
確かに、出会いにはインスピレーションが大切だ。
「じゃあ、名前を決めなくちゃいけないな。ネーミングセンスの見せ所だよ、藍ちゃん」
「はい」
拓郎に反対されると思っていたのか、藍は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうに頬を緩ませた。
こうして、拓郎のアパートには、扶養家族がもう一匹増えることになった。
この新しい住人――。
いや、住猫が、二人に何をもたらすのか。
できればそれが、幸福の領域に近いことを、密かに願う拓郎だった。



