結局、全校の見回りを終えて、学校を出るのは随分遅い時間になってしまった。



「ごめんな、遅くなって。ご両親、心配してるだろ。」


「うん、でも大丈夫です。ちゃんと言ってあるし。」


「送ってくから。」


「いいの?」


「当たり前だろ?」



先生は笑って、私を車の場所まで連れていってくれる。

これだけ遅いと、誰に咎められることもない。


先生の車に乗ると、最近流行の男性ボーカルの曲が流れている。



「先生、こういうの聞くんですね。」


「あ、趣味じゃなかったら、適当に変えていいよ。」


「いえ、これでいいです。」



私は少し緊張している。

先生が運転する姿を見ていると、先生が大人なんだって、改めて思える。

その姿に、どうしてもドキドキしてしまう。



「こっちで合ってる?」


「はい!ここの通りを真っ直ぐ下って、おっきい交差点で左に曲がって、その近くです。」


「了解。」



そう、私の家は結構近いのだ。

近いから、この高校を選んだ。

歩いて通える距離なのが、今日は少し悔しい。



「ここを左折、と。この辺?」


「あ、そこをまた左折して、すぐです。」



先生は、左折する前に、車を路肩に寄せてハザードを出した。



「先生?」



先生が、音楽のボリュームを下げて、止める。

車内は、一気に静寂に包まれる。



「言っておかなきゃいけないこと、忘れてた。」


「え?」


「朝倉、これから色んなことがあると思う。」


「色んなこと?」


「多分、朝倉が想像もしてなかったことを知ったり、それで傷付いたり、苦しんだりすると思う。」


「私が?」


「そう。朝倉が。……それでもいい?」



先生の声が、とても細くなる。

いつも自信があるように見える先生が、時折見せるこの悲しげな表情。

それは、一体何なのだろう―――



「教師と生徒である以前に、乗り越えなきゃいけないことがあるんだ。」


「先生……。」


「俺と一緒に、乗り越えてくれる?」



うん、と頷く。

先生が言っていることは、そんなに簡単なことではないかもしれない。

でも、私が先生の笑顔を守れるなら。

そうするよ。

迷わず私は、先生と一緒に乗り越えるよ―――



「ありがとう、朝倉。……でも。……逃げてもいいんだぞ。」


「え?」


「俺と一緒にいて、悲しいだけなら、逃げていいから。」


「どうしてそんなこと……。」


「ごめん……。俺の心配がほんとのことになるまで、言わないでいたいから。」



先生の切ない微笑みに、吸い込まれそうになる。



「わかった。先生。」



深く頷くと、先生は運転席から身を乗り出して。

優しく私を抱きしめた。

そして、また小さなキスをして。



「じゃあ、また明日。」


「さよなら、先生。」



手を振って、車から降りる。

先生が見送ってくれて、私は何度か振り返りながら、家に帰った。


先生が、何かを抱えていることは前から知っていた。

だけど、抱えているものに、こうして私が関わることになるとは、全く思っていなかった。

私で大丈夫なのだろうか、と少し不安になるけれど。


先生を、好きな気持ちが消えない限り。

きっと、きっと。

幸せいっぱいの卒業式を迎えるんだって、そう思った―――