「失礼、します。」



埃っぽい放課後の写真部の部室。

この間と同じように、小さな窓から西日が射しこんでいて。

逆光の中に佇むように、先生は、いた。

この間と同じ、切なげな表情をしていた。



「横内、先生?」



気怠そうな動作で、ゆっくりと振り返る。



「ああ。朝倉。」



厳しい目つきなのに、その奥には限りない優しさが見え隠れしている。

そんな、不思議な先生の目。

海、みたいだ。

悲しみも、愛しさも、何もかもを呑み込んで、揺れている瞳。

その奥は、どこまでも果てしなく続いているような。



「何で黙ってるの。」



横内先生は、先生の瞳に吸い込まれるように固まった私を見て、薄く笑った。

口元がきゅっと上がって、その瞳に、優しい色が流れ出す。

夕方の海みたいだ。



「先生って、」


「え。」


「先生って、海みたい。」


「海?」


「はい。……果てしない海。」



ほぼ初対面に近い先生に、自分でもどうしてこんなことを言っているのか分からない。

だけど、本当にそうだと思った。

だから、先生を撮りたいんだ。

一枚の写真の中からあふれ出すような、先生を撮りたいんだ。



「海、か。」



頷くと、先生は私を振り返って言った。



「朝倉は、変わってるんだね。」


「へ?」


「俺、そんなこと言われたの初めて。」



初めて、か。

先生はきっと、何もかも一通り経験してる大人なのだろうに。

それに対して私は、まだ初めてのことが山ほどある女子高生だ。

私にとって海は、まだ未知で、広すぎる。



「撮っていいですか?」


「構わないけど。」



ファインダーを覗きこんで、パシャ、と撮る。

逆光で、先生の表情はよく見えないけど。

伏せられた睫毛が、切なげに伸びている。


これが始まりだった。

この部室で、先生を撮った最初の一枚。

私が、ずっと、ずぅーっと大事にする、その一枚の写真は。


このときに撮ったものなんだ―――