カリス姫の夏

「じゃ、皮膚科の予約入れてるから。
せいぜい頑張ってね、シ・チョ・ウ・サ・ン」

と、嫌味たっぷりの吉元さんは背中を向け、バイバイと手を振った。


人の神経を逆なですることにかけては天才的だと、感心さえしてしまう。そんな吉元さんの後ろ姿に、総一郎さんは噛みつくように吼(ホ)えた。


「華子、お前はちっとも変ってねえな。
枠にハマるのが嫌で、独りで行動して。
自分の判断で勝手に動いて。

いいさ、お前の好きなようにすればいい。

だがな、お前のその勝手な行動が、まさしの……
俺の将司(マサシ)の命を奪ったこと、俺は絶対忘れない。

そのことだけは絶対に許さないからな!!」


吉元さんは知人の言葉にも表情一つ変えず、病院の廊下のど真ん中を、猫背をピンとのばしスタスタと歩いた。総一郎さんの言葉は病院内の騒音の中に紛れたが、その重さが私の心を揺さぶった。


「ほら、行くよ」

ぼうっと立ち尽くしていた私は、吉元さんの指示にハッと我に返った。急いで空の車いすを押し2人の後を追う。


内科、耳鼻科、婦人科………と、
外来が並ぶ長い廊下。

数メートル歩くと、ふと総一郎さんがまだこちらを見ているような気がする。立ち止まりチラリと振り返った。そこに総一郎さんの姿はすでにない。


しかし、こちらに向けられている別の視線を感じた。痛いほどのその視線の先を探す。すると、外来受け付け前にいた誰かが人ごみのなかへ消えていった。


赤い残像だけを残して。