「あれ?
あそこ……」
後部座席から、何かに驚いたような声がした。
振り向くと、高橋さんは目を丸くしてフロントガラスを指差している。まぶたを濡らしていた涙を手でぬぐい、フロントガラスの向こう側に目をこらした。
遠く病院の非常用出口から、青い警備服を着た男性が走ってくる。警備員は2人。2人とも赤い電気のつく誘導棒を持っている。
駐車場の管理人に駆け寄り何やら相談している警備員の姿に、心がざわつく。車内には一切会話はなく、私達は固唾(かたず)を飲んでその様子を見守った。
するとも間もなく、駐車場の閉鎖がとかれた。何台もの車をせき止めていたゲートバーが音も無く挙げられた。並んでいた車達は説明も受けず、次々と入っていく。何の疑問も持たず、喜び勇んで。
駐車場の中に入ると、並んでいた車両は一台ずつ警備員から簡単な説明を受けているらしい。警備員とドアミラー越しに話をすると、一様に右奥へ進んでいった。
入るや否や、私達の車にも若い警備員が歩み寄った。
運転席がわに立つと、パワーウインドウが降りるのを待ち、警備員は
「あー、そこ右まっすぐ行って、そこから左入ると第二駐車場だから、そこに駐車してください」
と、めんどくさそうに言った。くり返されたセリフに、言い飽きているのだろう。
「第二駐車場って職員用ですよね。
いいんですか?
一般開放しちゃって」
と、吉元さんは顔をしかめ、非難するような口調で言った。
寛大な対処に不平不満をぶつける恩知らずなおばさんに、警備員は理由を説明した。できうる限り、恩着せがましく。
「今日は職員用が比較的すいてるから……特別ですよ。
本当はこんなことしないんですけどね。
まったく、救急車、次々来て忙しいってのに。
事務所にクレームのメールが殺到してるって言われて。
急変した患者さんが乗ってる介護タクシーがあるから早く入れろってね」
警備員は運転席の窓から後部座席をのぞきこみ、にらんだ。
「この車の患者さんじゃ……ないですよね」
車いすで前のめりに座っていた高橋さんは、泡食って酸素マスクを口に当てた。そして、すぐに背中を背もたれにつけ、ぐったりとした表情を作った。ところが実に残念なことに、酸素はとっくの昔に止められている。
あそこ……」
後部座席から、何かに驚いたような声がした。
振り向くと、高橋さんは目を丸くしてフロントガラスを指差している。まぶたを濡らしていた涙を手でぬぐい、フロントガラスの向こう側に目をこらした。
遠く病院の非常用出口から、青い警備服を着た男性が走ってくる。警備員は2人。2人とも赤い電気のつく誘導棒を持っている。
駐車場の管理人に駆け寄り何やら相談している警備員の姿に、心がざわつく。車内には一切会話はなく、私達は固唾(かたず)を飲んでその様子を見守った。
するとも間もなく、駐車場の閉鎖がとかれた。何台もの車をせき止めていたゲートバーが音も無く挙げられた。並んでいた車達は説明も受けず、次々と入っていく。何の疑問も持たず、喜び勇んで。
駐車場の中に入ると、並んでいた車両は一台ずつ警備員から簡単な説明を受けているらしい。警備員とドアミラー越しに話をすると、一様に右奥へ進んでいった。
入るや否や、私達の車にも若い警備員が歩み寄った。
運転席がわに立つと、パワーウインドウが降りるのを待ち、警備員は
「あー、そこ右まっすぐ行って、そこから左入ると第二駐車場だから、そこに駐車してください」
と、めんどくさそうに言った。くり返されたセリフに、言い飽きているのだろう。
「第二駐車場って職員用ですよね。
いいんですか?
一般開放しちゃって」
と、吉元さんは顔をしかめ、非難するような口調で言った。
寛大な対処に不平不満をぶつける恩知らずなおばさんに、警備員は理由を説明した。できうる限り、恩着せがましく。
「今日は職員用が比較的すいてるから……特別ですよ。
本当はこんなことしないんですけどね。
まったく、救急車、次々来て忙しいってのに。
事務所にクレームのメールが殺到してるって言われて。
急変した患者さんが乗ってる介護タクシーがあるから早く入れろってね」
警備員は運転席の窓から後部座席をのぞきこみ、にらんだ。
「この車の患者さんじゃ……ないですよね」
車いすで前のめりに座っていた高橋さんは、泡食って酸素マスクを口に当てた。そして、すぐに背中を背もたれにつけ、ぐったりとした表情を作った。ところが実に残念なことに、酸素はとっくの昔に止められている。
