カリス姫の夏


でも………
と病院の建物を見上げた。


ここまで来れたのにな。ネットのみんなの力も借りて。



大病院は、来れるもんなら来てみろと言わんばかりに私を見下ろした。


『ほらな、お前はやっぱりミジンコだ』と言いたげに。 




ああ、そう。

私はミジンコ。
ミジンコだ。

泥水すくったって、その中で泳いでいるのさえ見えない。

教室に居たって、本当は誰も気付きやしない。居ても居なくても、おんなじ。クラスメイトだって、気にもしちゃいない。


ネットの中だけが、私に居場所をくれた。
ネットの仲間だけが、私の存在を認めてくれた。

だからこそ、ネットの関係を否定されたくなかった。



なんだろう、この気持ち。

ずうっと長い間、味わうことのなかった感情が湧いて出る。一体、どこに隠れていたのだろう。



「くっ……」

うつむき、私の顔を髪の毛が覆い隠すと、絞り出すような声が漏れた。言葉を飲み込もうと噛みしめ過ぎた奥歯が、きりきりと痛む。



こんな勝負、勝っても負けても何にも変りやしない。そんな一時の感情、口にしたからって………


でも……
でも……本当は……私……
そう、私……

「くや……し……い………よ」



『くやしい』や『負けたくない』といった感情を『まっ、いいや』や『とりあえず』でごまかしてきた。心の底に溜まりそうになる度、ガラスの棒でかき混ぜ、溶けて消えたのだと自分に言い聞かせて。



「くや…しい…よぉ」



でも本当は撹拌(カクハン)されただけで、時間と共に感情はゆっくりと沈殿していった。体の隅々、細胞の中にまで溜まりきったくやしさが絞り出される。

じわじわとにじみ出る感情は心の痛みを伴った。その痛さに、瞳は熱い水滴で満ちる。




「くやしぃぃぃよぉぉぉぉぉーー」


握りこぶしを膝の上に置き、身体を丸めて声を絞り出した。力いっぱい握ると爪が手のひらに突き刺さった。




ただただ、くやしい。

それ以上もそれ以下も伝えたい感情が見当たらない。伝えることで、何かを変えたいなんて野心などない。

けれども、そんな感情を伝えるという単純な行動が、リアルの世界ではできなくなっていた。あふれる感情が息をひそめるのをじっと待つ自分のやり方が、本当は大嫌いだった。


変わりたいんだと本心が訴える。
ううん、変わらなきゃならないんだ。



車内は私の悲痛な叫び声を最後に、シーンと静まり返っていた。


と、その時………