車いすで寝ていたはずの高橋さんが起き上がり、運転席の背もたれを両手でつかんで身を乗り出していた。なぜだか、付けていた酸素マスクは外され膝の上に置かれている。
私は尋ねた。
「行けると思います?」
もう、こうなると藁でもペンペン草でもつかみたい気分だ。
私の質問に高橋さんはキラキラした瞳ですぐさま答えた。
「行ける!絶対だ」
「なんで自信あるんですか?」
「ここの道路は私が現役の時、設計にかかわったんだ。
こちら側なら、制限速度ぴったりで走ると信号を全て青で通れるように計算して作った。
間違いない!」
高橋さんは私をまっすぐ見つめ、大きくうなづいた。その顔はさっきまでとは大違いで、表情は生き生きとしている。潔いほど頭髪を無くされた頭皮の輝きも、まばゆいほどだ。
そんな高橋さんの姿に、私にも自信がみなぎる。
お父さんが焦って尋ねた。
「莉栖花、交差点青信号だぞ。
まっすぐ行くのか?
右折するのか?
どっちなんだ?」
私は人差し指を立てて前に突き出すと
「直進!!制限速度で行って!」
と、偉そうに命じた。
もし私が実の娘じゃなかったらこんなゲーム付き合いたくもないだろう。それでも血には逆らえないと観念し、お父さんは思いっきりアクセルを踏みしめた。
車は『まだまだ、やれるよ』と言わんばかりに普段より機嫌よくエンジン音を鳴らし、快調に発進する。
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カリス
<スーパーアドバイザー出現
直進します
その先のルート検索求む
>よっしゃ まかしとけw
>環状通り抜けたら北宮通り戻れ
事故現場過ぎる
>病院近くの交通情報調べよ
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車が交差点を通り過ぎると、それを待っていたかのように信号は黄色に変わり、間もなく赤信号に変わる。次も……その次も。
ルーチンはきっちり守られている。
敵キャラをかわしながら(敵はいないのだけれど)ゲームはステージクリアに向けて快進撃を繰り出した。
「3つ目クリア
4つ目……クリア」
「行け!行け!」
後部座席から、誰よりも元気な高橋さんの掛け声が車内に響いた。ここまで来ると、もう、この車の目的がなんだったのかさえ分からなくなる。
「5つ目……クリア。
6…7…8…9…全クリ!!!」
車は環状通りを駆け抜けた。気持ち良いほどの快走だ。
私は、ゲームの難関ステージをクリアした時の快感にしばし陶酔していた。
いやしかし、まだファイナルステージが残っている。私は再びスマホを確認した。
