藍人くんの言葉の内容と口調に、心の距離が縮まったと感じ、私は安堵した。
「そうだよね。
そんなわけないよね。
じゃあさ、トイレは長く入っていられないように和式しかない、とか、昼休み友達との会話は英語でするとか……
そんなのも全部嘘だよね」
「あー、それはホント」
「えーー?!
ホントなの?」
藍人くんは、私が持っている数学の問題集をチラリと見た。そして私を傷つけないよう、一言一言、慎重に言葉を選びながら申し出た。
「あのー、莉栖花さんの解けない問題ってどんなのですか?
よかったら……一緒に…解いてみましょうか?
ぼく、数学はあんまり得意じゃないんですけど……もしかしたら……解けるかも…しれないし…」
どこまでも謙虚な藍人くんが愛おしい。
けれど、こんな私にも年齢だけは上という唯一のプライドがある。そのプライドを盾に、気取った声で返事した。
「藍人くん。
君の気持ちは大変ありがたいのだけれどね、わたしが今解いている問題は数Ⅱといって2年生になってから習う……」
その時ふと、特進の伝説をもう一つ思い出した。
それは
『特進は1年生で3年間の授業を全て終わらせ、残りの2年間は受験勉強に当てる』
というもの。
「もしかして……
数Ⅱ、もうやってる?」
と、上目使いで恐る恐る尋ねた。
「うっ……うん……
まだ全部は終わってないけど……」
と遠慮がちに言う、藍人くん。私がページを開き差し出すと、彼は問題集をじっと見た。
そして、うんうんとうなづくと
「ああ、これ位の問題なら、なんとか解けるかな」
とあっさり言った。
『これ位の問題』ですか。
『数学はあんまり得意じゃない』のに。
私が昨夜、1時間以上考えても解けなかった問題が『これ位の問題』ですか。
「よかったら……教え……ましょっか…」
藍人くんは遠慮がちに申し出た。もう、プライドもへったくれもない。私は土下座するように深く頭を下げ、右手を差し出した。
「よろしくお願いします」
