「いやー、参りましたね」
相変わらず空気を読むことに長(タ)けていないお父さんは、ハンドルから手を離し両手を上げて背伸びした。
お父さん、お願い。
演技でもいいからあせってるフリをして。
振り返り後部座席をチラリと見ると、もともと機嫌の悪そうな吉元さんの顔がますます不機嫌になっていた。
「だいたいさ、ミジンコ。
さっきからずっーと携帯見てるけど、仕事中だよ。
今の子は、これだからね」
イライラの収まらない吉元さんは私への攻撃を始めた。
「わたし……ミジンコじゃないです。
り……りすか…です」
もちろん目を見ては言えず、前の車両のブレーキランプを見ながら、やっとで言葉を発する。
「えっ?なんだって?リスカ?
変な名前だね。
ミジンコじゃなくてリスだったのかい」
「携帯ばっかり見てっていうけど、その携帯のおかげで情報とれたのに……」
と口の中で言った文句を、吉元さんは聞き逃さなかった。
「携帯の情報なんてどこまで信用できるんだかね。
状況は刻一刻と変化するんだし。」
とイライラしながら言う吉元さんに『耳はいいんですね』と心の中で毒づいてみる。
吉元さんは後部座席から身を乗り出し、私のスマホをのぞこうしながら訊いた。
「だいたい、誰から聞いたのさ、その情報」
「これは私の入ってるネットワークの人の情報だから、信用できますよ。
わたし……
会員制のネットワークに入ってて。
会ったことはないけど、
ていうか、会ってはいけない約束で…
でも、友達っていうか……
仲間なんです。
学校の友達より信用しているし……」
どうせ分かってもらえないと思いながらも、口下手の私にしては必死で説明した。けれども、吉元さんはそんな私の話を鼻で笑った。
「会ったこともないのに、なにが仲間よ。
バカじゃないの。
だいたい、今の子はなにかってぇとネット、ネットって。
そんなんだから、直接 顔を見合わせたら話もできないのよ。
地下鉄に乗ったって、すぐに携帯いじって目離さないし。
居酒屋で飲んでるのに、各自携帯いじってるんだよ。
顔見えないからって言いたいこと言い合って。
嫌だね。
目の前にいたら話もできないのかい。
こんなんじゃ日本の将来も心配だよ。
しまいにはネットいじめやら、ネット中毒やら……
現実社会で人付き合いできなくって、何がネットの仲間よ。
そんなの偽物。
人間関係なんかじゃないわよ」
