カリス姫の夏



吉元さんはギロリとお父さんを見ると、私をアゴで指した。


「ねえ、あんたんとこは中学生働かしてるのかい?
おたくの会社も終わり近いね」


「わたし‥‥高校生‥‥」


ぽっきりと折れた心を接着剤でくっつけて挑んだ私の、精いっぱいの抵抗がこれだ。


「えっ?なに?
高校生なのかい?
へー、最近の高校生は発達いいと思ってたけど、そうでもないんだね。
こんなミジンコみたいのもいるんだ」

吉元さんは接着剤が乾くのも待たず、粉々に打ちくだいた。


「いや、吉元さん。
これは私の娘でね。
家内が腰やっちゃって。
夏休みだから手伝わせてるんですよ」

と、お父さんはニコニコと愛想笑いしている。


娘を微生物あつかいされたことに反論の一つも出ないふがいない父親 兼 社長を、私はとがめるようににらんだ。


「ミジンコがついて来たって、なんの役にも立たないでしょうが。
ドブ川で水遊びしに行くんじゃないんだからね」
と言う、吉元さん。

なんなの?
この地獄の悪魔のごとく口の悪いおばさんは‼
と、本日の同僚には嫌悪感しか湧かない。


「もう、吉元さんったらキツイのね。
可愛い子じゃない。
私なんか身長高いから、こんな小さくて可愛い子憧れるわ」


きらきらと輝くロングヘアをさらりとかき上げながら、美女は優しいほほ笑みを投げかけた。美人ほど心も美しいものなのだと、しみじみ思う。


吉元さんは美女の言葉を無視し、持っていたメモ帳とペンをおおぶりな茶色いバックにしまうと力無い視線を美女に向けた。


「じゃ、来週火曜の朝、10時に来ますから。
荷物、まとめておいてくださいね」


「ええ、よろしくお願いします」


無愛想な吉元さんとは対照的に、美女は周囲をピンク色に染める微笑を振りまきながら軽く頭を下げた。けれども、どす黒い吉元さんはその色に染まることはなかった。


吉元さんは1人、スタスタと正面玄関に向かう。


「あっ、じゃ、すいませんでした。
さようなら」


美女に何度も頭を下げる私の姿を不思議そうに見ていたお父さんは、視線を美女に移すと

「あれー、この人どっかで‥‥」

と、頭をかいて考え込んだ。


「お父さん、看護師さん行っちゃったよ」


私にTシャツを引っ張られ、お父さんはあたふたと歩き出した。それでもなにが気がかりなのか、後ろ髪ひかれるように何度も振り返っていた。