カリス姫の夏


人見知りの私は戸惑った。


1人での挨拶は避けたい。
しかし、親であり、この場においては雇い主でもあるお父さんの命令を無視もできない。


渋々、看護婦さんとの距離を縮めた。徐々に近づくと、その看護師さんと向かい合い40歳代位のおばさんが立っているのが見えた。


見方によっては美人と言えないことはないのかもしれない。けれども、その猫背も、血色の悪い顔も、白髪の混じったおくれ毛も、何をもっても魅力的とは程遠い。


なにより、表情が暗く、メガネの奥の目線はどこに向けられているのか読み取れない。何かブツブツと言うように小刻みに動く口も不気味さをかもし出している。

後で尋ねられたら答えられないと自信を持って言えるくらい印象の薄い地味な服装が、なぜだか不思議なくらい似合う。


精神科の患者さんと接したことは無いけど、こんな感じなんだなあー、と妙に納得した。


そのおばさんと目を合わせないよう注意したが、その視線はどう回り込んでも私を捉え続ける。まるで、幼いころ行った美術館のトリックアートのようで、ざわっと全身に鳥肌が立った。


意図的におばさんを無視し、美女に背後から挨拶した。


「はじめまして、多部です。
えっと、多部ハッピータクシーの」


美女は振り返った。トリートメントのCМのごとくロングヘアを大きく広がる。
CМなんてどうせCGだと思っていたが、本当にこんなにサラリと広がるものなんだと感動さえ覚える。

そして看護師さんはフリージアの花のように笑って首を傾げた。


モデルかと見紛(ミマゴ)うほどのバランスの取れた体型は後ろ姿でも伝わったが、その端麗な顔立ちは想像以上だった。


ノーメイクだというのに、アーモンド型の大きな目はくっきりとふちどられている。両方の口角をバランス良くキュッと上げて薄い三日月を模(カタド)った唇はあくまで紅く、白く透き通るような肌とのコントラストも見事だ。


同性ながら、頬が赤くなる。


美女にみとれていると、患者のおばさんが美女の肩元から顔を出して私をにらみ、けげんな表情をした。


「あんた、多部さんの何?」


なぜだか『まずい』と焦り目線をそらしたが、おばさんは食い入るように私を見ているのだろう。

あたかもギリシャ神話の化け物に石にされたかのように、私は固まったまま身動き一つ取れない。


すると、私の背後から、自宅では決して聞かない1オクターブ高いお父さんの声飛び込んだ。


「吉元さん、おはようございます。
今日は助かりました。急な仕事引き受けてくれて」

振り返り、異様なほど愛想のいいお父さんの視線を辿(タド)ると、美女を通り越し、美女の横に立つ不審なおばさんに繋がった。


えっ⁈
吉元さんって?
このおばさんが看護師さんなの⁇
患者さんじゃないの?
じゃあ、この美女は?