「そいつ……見かけたぞ」

「そうなの?」

「ああ……変なオーラが出ていたから気になったんだ」

「変なオーラ?」



何それ変なオーラって。失礼だなあ。

確か、アラン先輩も不思議な人だって言ってたな。私には全然わかんないんだけどね。



「妙に壁があるっつーか、寄せ付けないっつーか……」

「ああ……なるほどね。それなら納得」

「なぜだ?」

「ほら、私のお父さんさ、事故起こしたでしょ?だから、あんまり自分の周りに人を寄せ付けなくなったの。巻き込みたくないんだよ、きっと」

「厳格な感じがして、空気が張りつめてなんだか息苦しいような感覚だったな」

「うーん……いまいち私にはわかんないや。ずっと一緒にいたからね。あ、あのね!ビッグニュースがあるの!」

「あーうるせ」



私がいきなり大声を上げたもんだから、ヤト君は顔をしかめて仰け反った。私はごめん……と謝って声のボリュームを下げる。



「お父さん、ヤト君のお母さんのこと知ってるよ」

「は……?」

「ね、ヤト君のお母さんの名前は?」

「……ミツキ」

「ビンゴ!ミツキさんはね、お父さんの後輩で、お母さんの先輩だったの。お父さんに聞けば、ミツキさんのこと教えてくれるよ!」

「……」



私とは裏腹に、ヤト君は急に静かになった。不思議に思って顔を覗くと、見んな、と顔を手で遮られた。

……なんで?



「……おまえ、お節介って言葉知らないのか?」

「え?」

「誰しも、孤児が本当の親のことを知りたいと思っているのか?」

「え……?」

「そうだったのなら筋違いだな。俺は孤児だ。親の素性を知ったところで、今さらなんだよ」

「今さら……」

「もう、会えねぇんだからな。それに、俺にとっちゃ母親なんて赤の他人同然だ。顔も知らない、声も知らない……そんなやつの情報を得たところでなんになる?確かに、知りたくないわけじゃない。けどな……そんな淡い期待を持てば、傷つくのは俺自身なんだよ。会いたいって思ったら、そこで負けなんだ」



ヤト君は言葉を絞り出すようにしてそう言うと、口をつぐんでしまった。私は衝撃のあまり言葉も出ない。

会えない親のことを知って、会いたくなって、恋しくなって……でも、手に届くところにいない。掴もうと必死に手を伸ばしているのに、いっこうに掴めない。

なぜか?それは、幻に過ぎないから。見えているのに掴めない。目の前にあるように思えているそれは、ただの妄想。妄想なんて実体はないんだから、いくら掴もうとしたって手は宙を掻くだけ。


私には写真という、確かな実体がそこにある。そこにいたのだ、という証拠がある。それに、少しだけどいた、という実感もある。

でも、ヤト君には確かな実体がない。証拠もない。見ることもできない、感じ取ることもできない。

私は、自分にとって良い物を見つけたから自惚れてただけ。ヤト君のお母さんも関係しているものだけど、そこにヤト君のお母さんの姿はない。


……私は、とんでもない失態を犯してしまったんだ。なんて浅はかだったんだろう。



「ごめん……自分のことしか考えてなかった。ヤト君にとって、お母さんは雲の上の人みたいな感じなんだよね……」

「……まあ、おまえが謝ることじゃない。これは俺の問題だから」

「うん……」



最後の言葉にずうんと胸が重くなる。

俺の問題だから……か。

私は、頼りにならない?何かしら寂しいとか思ったことないの?

私はあったけどな……他の家族には当たり前にいる母親。でも、私の家族にはその姿がどこにもなかった。探したくても、探せなかった。それがどれだけ心細かったか。


愚痴なら、いつでも聞くのに。



「んにしても、暑いなこれ」

「え?あ……そっか。軍服だもんね」



いきなりヤト君がいつもの調子で話しかけてきたから一瞬面食らう。ヤト君は軍服の襟の部分を摘まんで、前にいるアラン先輩にボタン開けてもいいですか、と聞いた。

先輩は振り返って頷いた。でもヤト君はそれを見て不満たらたらな顔をする。

……先輩はすでに着崩していたからだ。



「俺は真面目か……」

「ふふふ……まあ、仕方ないよ。軍服なんて初めて着るんだし」

「レプリカだけどな。おまえのドレスは暑くないのか?」

「そこまで感じないよ?足も風通ってるし」

「あー……そうだな」



ヤト君が私の全身を上から下まで眺めるもんだから恥ずかしくなってきた。そこまでまじまじと見られると落ち着かない。


少し俯き加減で歩くと、先輩たちがアイス屋さんに立ち寄った。私たちも後ろをついていく。その間も並んでいる人たちに眺められたからさらに俯いた。

……勘弁してほしい。



「バニラとイチゴとオレンジがあるが、どれにするんだ?ちなみに、バニラとなら他の二つのどちらかとのミックスもあるぞ」

「俺はオレンジのミックス。他のやつらも同じやつでいい」

「ヤトとミクは?」

「私はイチゴのミックスで」

「俺はイチゴでいいです」



アラン先輩は注文を取ると、教室から出て行った。そして、ものの数分で戻ってきた……早くない?あの列に並んだとしたらいくらなんでも。

でも、アラン先輩の持ちきれなかったアイスを持ってもらっている人を見て納得した。

……約束の『奢り』だ。列に並んでいたバスケ部の人がたまたま並んでいて、一緒に注文を頼んだんだ。

だって、アイス持ってる人試合に出てたし。



「待たせたな」



アラン先輩がそう言った。いやいや全然待ってませんけど?



「……ん。美味いな。火照った身体にちょうどいい」

「ありがとうございます」



会長がご満悦そうに言うから、先輩はお礼を言った。私も一口食べる。

……ん~!甘い!冷たい!

アラン先輩自身も、奢ってくれた先輩にお礼を言ってからバニラアイスを食べる。舌がちらっと見えて慌てて目をそらした。

あのときのこと思い出しちゃった……


キスされたことを思いだしてしまい、意識を目の前のアイスにそそぐことにした。バニラの白とイチゴの赤のコントラストが目に痛い。

先輩のバニラと赤い舌みたいで……ぎゃー!私は変態か!何考えてんのよ!

私はそっと心の中でため息を吐いた。平常心、平常心……



「おまえなに百面相してんの」

「ひゃっ……なんでもない!」

「まあ、いいけど」



首を大袈裟な程横に振ってしまった。ヤト君は呆れたように私を見てからイチゴアイスを食べる。

ヤト君がイチゴなんて珍しい、というか意外。



「ヤト君イチゴ好きなの?」

「別に……昨日はソウルと食べに来たから別の味にしただけだけど」

「へえ……」

「じゃ、俺が昨日食った味当ててみな」

「当てたご褒美はないの?」

「おまえなあ……まあ、なんか考えてといてやるよ。チャンスは一回だぞ。ミックスかどうかも答えろよ」

「うーん……」



私は必死に考えた。イチゴ単体はまず没だよね。イチゴのミックスもないかな、というかヤト君はミックスじゃない気がする。味が混ざるのを許せなさそう……って、これじゃ潔癖な人みたい。でも、ミックスはなんだか違う気がするんだ。

となると、オレンジかバニラの単体だね。

どっちなんだろ……



「う~ん……」

「アイス垂れるぞ」

「え?あっ!あわわわ……」



あと少しで指に垂れそうになっていたアイスを慌てて舐める。アイスが垂れた跡はバニラとイチゴがマーブル状に混ざっていてピンク色になっていた。

……う~ん。


真剣に考え込んでいる私にヤト君はため息を吐いた。ちらっと盗み見ると、もうヤト君はコーンの部分を食べていて驚く。私も早く食べないと。

溶けかかって甘いだけの液体に近くなってしまったアイスを頑張って食べた。コーンにアイスが染み込んでいてなんだか嫌だったけど、アラン先輩たちも話し込んでいて私を待っていることが窺えた。



「奢ってくれるのか?」

「何を言っているんだ?一ヶ月1000円の身にもなってみろ」

「1000円?少ないな。我が校は2000円だ」

「そっちが奢ってくれてもいいんじゃないか?こっちはタダで案内しているんだぞ」

「図々しいやつだ。仕方ない、自分たちの分は払うとしよう。いくらだ?」

「ひとり250円」

「はあ……」



アラン先輩はずいずいと押し切ってなんとか会長に払わせた。ひとり250円じゃ大きな出費だ。でも……私たちの分は?



「先輩、私も払います」

「おまえはいい。無理やり付き合ってもらっているんだからな」

「無理やりだと?そんなに俺たちが気に食わないとでも言うのか?」



あ、ヤバい。

会長が椅子から立ち上がってアラン先輩に噛みついた。眉間にしわを寄せて先輩を睨み付けている。

会長は、体育祭のときから俺も気に食わなかったんだ、と吐き捨てた。


ついに本性を現したか。部下たちもそわそわとしているが、止めに入ろうとはしない。それは、あの人たちも同感だということ。

……嫌な雰囲気になっちゃった。


突然、会長の背後が揺らめきたったと思ったら、大きな赤いトラのマナが姿を現した。威嚇するように鋭い牙を見せつけている。一方、アラン先輩の犬も足元で鼻面にしわを寄せて唸っているようだった。それに感化されてヤト君のネコも尻尾を振って不機嫌そうにしている。

抑えていたマナがいっきに出てきゃったらしい。



「そちらの校長が見下すようなスピーチをするからだ」

「ふん、ナヴィ校の校長こそなんだあのスピーチは。声がでかいだけで深くもない」

「は?」

「なんだよ、文句があるなら言え。一字一句違(たが)わずに校長先生にお伝えするからな」

「ちっ……」



アラン先輩は不機嫌丸出しで舌打ちをした。なんだなんだと教室の外から大勢の人が覗いてくる。

これ以上事を荒立てたらナヴィ校の評判が……


何もできずにそわそわとしていると、騒ぎを聞き付けた白衣姿のタク先生が割り込んできた。



「はい、そこまで。喧嘩をするなら他所でやってよ」

「先輩……」

「……そちらの生徒会長が宣戦布告してきたからです」

「言い訳無用。でも、納得いってない感じだよね?」

「ええ」

「それなら、やってもらいたいことがあるんだ」

「やってもらいたいこと……?」



タク先生は面白そうに目を細めてにやりとすると、その内容を話して聞かせた。それは、さっき先生が言っていたイベントと関係があるようで……



「やってくれるね?」

「……わかりました。受けてたちましょう」

「衣装はソラが今着ているのを貸せばなんとかなるし」

「先生、正気ですか?そんな大事なイベントに他校のやつを出して」

「俺はいたって真面目だ。本当はソラにやってもらおうと思ってたんだけど、この際トップ同士が争った方が雰囲気出るでしょ」

「……」



体育祭でつかなかった決着を、このイベントでつけよう、っていう魂胆らしい。

そのイベントとは、『決闘』。体育祭で使用した闘技場を使って昔に行われた、力の技術や強さのぶつけ合いのことだ。紫姫の時代に流行ったらしい。

それを、再現するという。