───遡ることお昼前。私たちがタクシーに乗って海へとたどり着き、ひとしきり泳いだりビーチバレーをしたりして遊んだ後、皆でバーベキューをしようと準備をしているときのことだった。



「あ、着火材忘れた。炭はあるんだけどなあ」

「着火材?藁(わら)とか綿とかですか?」

「そうそう。その辺にある木の枝でもいいんだけどね」

「それなら私が採って来ますよ」

「いやー助かる。なんならあそこで暇そうに釣りしてる連中も連れてっていいから」



先生がぼやいていたから私が申し出た。私は先生の提案に首を横に振ってから歩き出す。

木の枝採ってくるだけだから私ひとりでじゅうぶんでしょ。バーベキューなのに魚を焼きたい、とヤト君が言い出したから、アラン先輩もそれに便乗してあそこの岩盤で釣糸を垂らしている。

でもまだ釣れていないらしく、ネコは彼の膝の上でとぐろを巻いているし、犬は先輩の隣で一緒に釣糸の先を睨み付けていた。


そんな彼らに声をかけられるはずもなく、私はひとり近くの森へと足を向けた。その途中でチサト先輩に呼び止められ、事情を話すとそれなら流木の方が効率がいいと提案された。

確かに海岸には流木が打ち上げられているから、そっちの方が楽かもしれない、と思っていったん踵を返してもと来た道を戻った。

でも、いざ拾ってみると水分を含んでいるものが多くて、使える枝がなかなか見つからなかった。

私がうろうろとしているといつの間にか近づいていたのか、ヤト君が何やってんだ?といった顔で見てきたから、チサト先輩と同じように説明すると、それならいいところを知っている、と言われた。


そのいいところとは、ちょうどヤト君と先輩が釣りをしている岩盤付近。そこの下は波が届きづらいのかカラカラに乾燥しているという。

しかも流木も多いとのことで、絶好の採集場所じゃん!とその助言に感謝した。彼はまた釣りに戻って海の遠くの方を眺めていた。

そんなヤト君と先輩の後ろをそーっと通って、悪い足場に苦戦しながらもやっとのことで降り、ちゃんと乾いている木の枝を何本か拾った。それをいったん岩盤の上に放り投げてからまた登る。

でも、ゴツゴツとしていて手が痛い。少し足場を変えて痛くないところへと横に身体を移動させた瞬間、そこだけ濡れた苔が生えていてつるっと指を滑らせてしまった。


ボシャンと海に落下してしまった。思っていたよりも強い引き潮で少し岸から離されてしまったけど、ある程度はヤト君に教わって泳げるようになったから、ビーチサンダルを脱いでばた足で岸へと向かう。音を聞いて駆けつけて来てくれたのか、先輩とヤト君がこっちに声をかけながら手を伸ばしていた。

何を言っているのかはわからないけど、応援してくれてるのかなって思って慌てず泳いでいたら、足先に何かが当たるのを感じた。

ふと振り返って見れば……サメの背びれのような鋭利なものが、にょきっと水面から出ていて私に迫ってきていた。ここは沿岸部。少し深くなっているからサメが潜んでいたとしても不思議じゃない。

私は仰天して泳ぐスピードを上げたけど、まだまだ出来損ないな私の泳ぎでは敵うわけもなく、背びれが私のすぐ横についた。と同時に、ちらっと2人が海に飛び込むのも見えた。

そして、水面の下から私を覗く大きな目……鋭い角、長いひげ、大きな鱗、しなやかな長い胴体……


えっ?と思ったのも束の間、私は足首を何かでぐいっと引っ張られる感触がした。そして私は渦潮に取り囲まれた。それはどこかに繋がっているようで、渦潮の中心からどこかへと吸い込まれていく。

息が続くわけもなく、ガボ……と息を吐けばたちまち海水が口の中に溢れて来る。


このまま死にそう……と瞼を閉じていれば、光を遮って暗くなったり明るくなったりと、何かの影がゆらゆらと見えていた。


そのまま身体も意識も流れに任せていて気づいたら、この孤島にいたわけだ。



「どんだけ流されたんだか……」

「陸地は見えるか?」

「見えません。水平線しか見えませんよ」

「参ったな……これからどうすればいいんだ。サバイバルなんてやったことないぞ」

「あのー……うえっ、口の中しょっぱ!」

「仕方ないだろ。漂流してたんだから」

「うえっ……なんで先輩もヤト君もここにいるんですか?」

「なんでって……」



顔を見合せた先輩とヤト君。しばらくそうしていたけど、同時に思い出したのか顔を真っ青にして私に迫ってきた。驚いて背中を仰け反らせる。



「お、おまえの後ろからサメが来てたよな?!」

「あんなに浅いところに来るとはこれっぽっちも思っていなかったのに、ミクの後ろに迫っていて慌てて飛び込んだんだ」

「それで助けようとしたらなぜか潮の流れが強くて、俺たちも流された」

「そして今に至る、と」



うん、私もサメだと思ってたんだけど……でも、違うんだ。

あれはサメなんかじゃない。



「あれは、サメではありません。それにマナでした」

「マナ?全然透けているようには見えなかったが」

「先輩、以前お話しましたよね。夢で青い龍に会ったと」

「ああ。それがどうした」

「紛れもなく、あれはその龍でした。サメの背びれに見えていたのは角の先端でしょう。その大きな胴体は海の中にありました」

「あれは氷山の一角っていうことか?それではどれだけ龍が大きいんだか……」

「待ってください。全然話が掴めないのですが」



突然蚊帳の外に出されて、ヤト君は少し怒ったように言った。私は彼に手身近に説明する。

夕陽はもうかなり沈んできていて、夜の訪れを待っているのか星たちが空で輝きを増していた。



「……その龍が、あれなのか?」

「たぶん。確証はないけどあの龍だと思う」

「でもあんなに大きくなかったんだろ?」

「そうなんだよね……それにあんなにくっきりと見えてなかった」

「マナがあれほど具現化していたのは初めて見る。普通の人間にも見えるんじゃないか?」

「どうでしょう……とにかく、あれはサメではなく龍で、その龍が私をここまで流したんです」



そう、私はこの孤島に流された。それが意味することはわからないけど、まずはどうやって生活するのかを考えなければならない。

さっき、先輩が犬を飛ばして助けを求めに行かせた。だから先輩はしばらく魔法は使えないということになる。ヤト君が最初に飛ばそうとしたんだけど、火は必要不可欠だからと先輩が飛ばしたのだ。


幸い、気温は暖かいから外で寝ても大丈夫そうだ。



「今頃花火をしているはずだったのに……」

「まあな」

「ヤト君が初めて花火ができる絶好のチャンスだったのに。残念だね」

「それはまたの機会でいいだろう。最悪、学校ででも花火はできる」

「校則的にしていいんでしょうか……そもそも生徒会長が言うことじゃない気がします」

「俺はあまり生徒会長としての自覚はないから安心しろ」

「そう言われても……」



眼鏡をかけていない先輩の横顔を眺める。眼鏡を外すとあの頃の面影がなんとなく感じられて懐かしくなる。

あの男の子が、こんなにも大人びて現れるとは夢にまで思っていなかった。旅は一期一会でそれっきりだと思っていたから。

世界って案外狭いんだなあ。



「この島、大きそうですね」

「そうだな……何がいるのかわからないから迂闊に潜り込むのも危険だ」

「これから夜になりますし」

「喉渇いた……」



ヤト君の呟きを聞いてしまって、急に喉の渇きを覚えた。海水を飲み込んでしまったから尚更水がほしくなる。

それに朝から何も食べていない。

でも洋服をちゃんと羽織っているから助かった。もし森の中に潜入するんだったら怪我を防げる。

バーベキューをするから水着のままだとなんだか恥ずかしくて着たのだ。先輩たちも岩盤に登るからと半ズボンを履いている。上半身は裸だけど。



「何か食べ物はないんですかね」

「それなら木の上にたくさんあるがな」

「あ、ヤシの実……あそこにはバナナ?」

「でも高いっすね。頑張れば登れるか」

「ヤ、ヤト君?!」



ヤト君はそう言うや否や木の幹に足をかけてズルズルと登り始めた。ヤシの木の皮がべりべりと剥がれていく。

ヤト君は高さのことを言ったわりには難なく登りつめて、ヤシの実を少し火に当てて木から離すとポイッと下に落とした。私はひいっ!と木の下から離れてヤシの実を避ける。

ボスッと砂浜に落ちたヤシの実は固そうで、コンコンと手の甲の関節で叩くといい音がした。相当固そう。

ヤト君が頭上から離れてろ!と怒鳴るから私は慌てて落とされたヤシの実から離れた。そして、ヤト君は狙いを定めてヤシの実にヤシの実を上から落として見事バコーンと命中させた。亀裂が入ったのか中から汁が溢れ出す。先輩がささっと拾って汁が全部無くなる前に拾い上げ、私と降りてきたヤト君に渡してくれた。



「先輩は?」

「残りをもらう。俺はバナナを採ってくるから、2人は東西南北を確認してくれ」



先輩はそう言い残すと、近くの木に登って行った。頂上付近にはまだ青いバナナがたくさんなっている。島バナナだったら青くても食べられるけど。


私たちは言われた通り東西南北を確認することにした。夜空を見上げて星の位置を把握する。



「あれって、北斗七星?」

「ならあれが北極星だな。とするとあっちが北か」



ヤト君は地面に枝で東西南北の記号を書く。よく地図に載ってる矢印みたいなやつだ。



「あれは夏の大三角だな」

「あ!あれのこと?おっきいねー」



南に向かって空を見上げれば一際輝いている星が3つ。その近くには龍の星屑が流れている。

夏の大三角は思っていたよりも大きく、気にして見なければまったくわからなかった。



「ほら、バナナ採ってきたぞ」

「先輩ありがとうぅえっ?丸々ひと房(ふさ)ですか?」



てっきり一本だけ手渡されるのかと思いきや、横から渡されたのはズシッと重みを感じる程の何本ものバナナからできている束。

一本一本は小ぶりとは言えその量は20本に近いと思う。



「島バナナだからこれくらい食えるだろう。余れば熟成させればいい」

「腹減った……」



ヤト君は一本もぎ取って皮を剥いてパクッと食べた。甘い……と呟いてからもう一本にも手を伸ばす。私も2本食べてお腹いっぱいになった。ヤシの実を先輩にあげて一息つく。