Candy of Magic !! 【完】





『───ただいまより午後の部を開始したいと思います。残り僅かですので張り切っていきましょう。では、二人三脚に出場する生徒は集合してください』



残りの弁当をもぐもぐと片付けていると、アナウンスが流れた。同時に耳を傾ける。

確か、ヤト君はソウル君と二人三脚をすることになっていたはず。本当は私も出たかったけど、足の速さが合う人がなかなかいなかったのだ。ユラはルル先輩と組んでいる。先輩と組めるなんてユラは運動の天才なのかもしれない。私は無理して組む必要はないと思って辞退した。



「俺行かねぇと」

「俺も」

「先輩もなんですか?」

「なんだ?意外か」

「そう言うわけではないんですけど……あんまり想像できません」

「相手がソラなら尚更だな」

「あ、ソラ先輩となんですか。尚更ですね」

「先輩、行きましょう。遅れます」

「ああ……トーマ先生はお戻りになってください。あちらの生徒会長が捨てられた子犬みたいな顔をしてこっちを見てくるので、なんだか悪者になった気分です」

「あんな顔されたってミクのに比べればへのカッパ」

「……ねえ。私がここにいること忘れてない?お兄ちゃんは早く戻って。エネ校は母校でしょ、見捨てちゃダメじゃん」

「うう……そろそろカッコいい先生様に戻るか。ミクのおかげで昔に戻ったような気がしたよ。学園祭楽しみにしてるからな」

「ばいばーい。もう戻って来なくていいよ」

「テントには行かないが学校には絶対行くからな!」

「わかってるよー」



指を指しながらお兄ちゃんは戻って行った。後ろを振り向くとヤト君も先輩もいつの間にかいなくなっている。

彼らの代わりに先生が呑気に欠伸をしているところが目に映った。先生は大きく開けた口を手で押さえようともせずに声を出しながら目をぎゅっと瞑っている。

そして、私の視線に気づいた先生は決まりの悪そうな顔で笑った。



「失礼。昨夜はなかなか眠れなくてね」

「先生は遠足の前に眠れなかった子供ですか……手で押さえるぐらいのことはやりましょうよ」

「それすらも億劫だったんだ。異常に眠い」

「運動してお腹いっぱい食べて眠くなるって……赤ちゃんですか」

「二回も酷いなあ。仕方ないから二人三脚見て目を覚ますよ」

「仕方ないって……」



本当にこの人は大人で先生なのかと疑いたくなるときがある。でも私も眠くなってきたかも。無意識に目を擦る。

そのとき、パーンとピストルが鳴らされた。ハッとしてトラックを振り返る。どうやら最初は女子からのようだ。



「ユラは……次の次だ」

「ミクは目がいいなあ……俺にはそこまで見えない」

「それは先生が目をしょぼしょぼさせてるからです」

「だって眠いし……」



くあ~と椅子に背中を預けながら先生は欠伸をまたする。今度は口を手で押さえていたからマシになった。エチケットは大切だよね。



「おっ、先生次になりましたよ」

「ちょっと寝る……」

「ええっ!起きてください先生!」

「ヤトの番になったら起こしてくれ……」

「起きろー!」



ゆっさゆっさと先生の肩を揺するが反応がなくなった。もう寝てしまったようだ。

私は仕方ないから先生は放っておいてユラとルル先輩のレースを見守ることにした。彼女たちは期待を背負って今まさに走り出そうとしている。

足を布で縛って肩を組んでいる。そして、パーンと音が響くとダッと駆け出した。なんとも速い速い。どんどんと加速して行き見事ゴール!黒を後ろに置いていって歓声を一身に浴びている。



「速くて応援する暇もなかった……」



私が呆然と呟くと、寝言なのか先生がふっと息を吐いた。それが賛同しているようにも聞こえて、なんだかやっぱり二人三脚出たかったな、と改めて思わされた。

二人三脚って難しいけど達成感が凄いんだよね。体育の授業のときにちょこっとやったけど、慣れるまで時間はかかるし体力も使うしでへとへとになってしまった。ただでさえ運動不足なのに。

でも、誰かと一緒に何かを成し遂げるのって気持ちいいんだよね。



「今のチサト先輩がカメラに撮ってたらユラに渡してあげよう」



ルル先輩が出ていたのだからユラも映ってるはず。渡せばきっと喜んでくれるはずだ。


女子は終わり、とうとう男子に突入した。アラン先輩たちが先でヤト君たちはその次みたい。

そこで4人が何やら談笑しているから女子たちがざわめいている。イケメンの集いってやつだね。誰を応援するか周りの人と話しているのかもしれない。

他の同じ学校の人がレースをしているにも関わらず、そっちのけで4人に釘付けになってるから思わず苦笑い。確かに目立ってるわ。


そして、アラン先輩とソラ先輩がスタートラインに立った。彼らは笑い合いながらそのときを待っている。

そして、ピストルの音が鳴らされた。ダッと駆け出す。それと同時に沸き上がる黄色い歓声。でもそのおかげでやっと先生が起きてくれた。



「うっ?!……何かと思えばあいつらか」

「何って……酷い言いようですね」

「まあおかげで目、覚めた。ヤトはいつだ?」

「とっくのとうに終わりました」

「はあ?!なんで起こしてくれなかったんだ!起こせって言ったよな?」

「わわわわ……嘘です嘘。ヤト君たちは先輩たちの次ですぅぅぅぅ……」

「悪い冗談はやめてくれ」



先生に必死の形相で肩を揺さぶられた。冗談だと知るとパッと離す。それにしてもあんな顔初めて見た。青ざめるとはあのことなのだろうと目の当たりにした気分だ。

先生のせいで先輩たちのレースを見逃してしまった。振り向いたときにはすでに遅し。ゴールして拳を突き合わせているところだった。それはそれで微笑ましい光景だから罪はないんだけど、でも彼らの勇姿を見られなかったのが非常に残念だ。



「先生のせいで見逃しました」

「俺のせいかよ……自業自得だと思うが」

「……」

「じゃあ、ヤトのはちゃんと見ろ」



そんなことをいけしゃあしゃあと言われた。確かに自業自得かもしれないけど、先生には絶対に目が覚めた状態で見てもらいたかったのだ。か……わいい弟のレースをぼーっとして見られちゃ堪ったもんじゃないし。

それに、先生が満面の笑みでヤト君を見つめるもんだから怒る気も失せた。ひとりで何熱くなってんだろバカバカしい。


そう思ってため息を吐いたら先生が舌打ちをした。



「向こうの生徒会長と争うのか……あいつもデキるやつみたいだな」

「あ、ホントだ。黒は速そうですね」

「しかも女子の視線を奪われて怒ってるみたいだし」



これは……ピンチかも。ラルクさんはプライドの高そうな人だからヤト君の存在でピリピリしているに違いない。その証拠にずっと横に並んでいるヤト君を睨み付けている。ヤト君は背中を向けてソウル君と話してるけど、ソウル君はラルクさんの表情を見て顔がひきつっている。見て見ぬふりをしてるけど隠しきれてない。

そりゃそうなるよね。先輩でしかも黒ときたら、おまえ何やらかしたんだよ!俺にもとばっちりが来てるんだけど!と思う気持ちもよくわかる。ソウル君、危うし。


さっきまで布が上手く結べていなかった別のペアが結び終え、束の間の静寂が収まった。


位置について、よーい……パーン!



「行けー!ヤトー!」

「ヤト君行けー!ソウル君も頑張れー!」

「追い抜け!追い抜くんだ!」

「ああっ!距離が開いてく!」

「置いて行かれるなー!」



ご察しの通り、ヤト君たちは負けてます。いくら速いとは言え1年生と4年生では差が出てしまう。でもそれをなんとか覆してほしかったけど、あえなく二位となってしまった。

私たちは息を乱して立ちすくんだ。酸欠酸欠……思いっきり応援しすぎた。疲れた。


呆然と突っ立ってゴール後のヤト君たちを見ていると、ソウル君が何か言った後ヤト君が彼のすねを蹴った。ソウル君は苦悶の表情で踞る。ヤト君はふん、といった感じで悠然と立っていた。

……絶対、王子のネタ出したよねあれは。墓穴掘ったね。


後で何言ったのか聞いてみようかな?でも教えてくれなさそう。