「で、なんでちゃっかりお兄ちゃんもお弁当食べてるわけ」
「みずくさいなミクは。気にすることなんかないんだぞ」
「気にするも何も意味わかんないから!なんで敵の懐にそう易々と入れるわけ?!」
綱引きの後しばらく時間が経ち、今はお昼休憩。生徒会である私たちはナヴィ校のテントの下で恐縮ながらもお弁当をつついている。皆は炎天下の中食べているから非常に申し訳ない。
でも、タク先生や他の先生がせっかくだからと誘ってくれたため無下にはできずにお言葉に甘えることにした。
そうしたら、お兄ちゃんがいつの間にか乱入してきて私たちのお弁当を横取りしているではないか。しかもここ敵陣真っ只中だぞ?
「敵?もごもご……ミクは俺の味方だろ?なら問題なし」
「いやそういう問題じゃなくて」
「ミクは小さい頃はもっと素直だったなー。一緒にお風呂「ぎゃー!何言ってんのシスコンバカ兄!」
「「ぶほお……!」」
あられもないことを言うもんだから死ぬ気で止めにかかる。今日は恥ずかしさで殺されそうだ。しかもお兄ちゃんの言葉を聞いてヤト君となぜかアラン先輩が噴いてしまった。
2人は同時に口を押さえる。
「なにって事実をだなー」
「もう黙ってて!墓穴をこれ以上広げないで!」
「じゃあ深くするのは「だからそういう問題じゃないっ!」
「母さんに似てきたなーおまえ」
「へ?……似てるのはお兄ちゃんでしょ?瞳の色とか」
「いや、なんとなくな……って言っても覚えてないか。俺もうろ覚えだし」
お兄ちゃんは青い瞳を伏せてお弁当をまたつついた。唐揚げがひとつその口の中に放り込まれる。
お母さんは、青い瞳をしていたらしい。でも、それを私は覚えてないし髪の色さえもわからない。ましてや声だって顔だって背丈だって……
そのとき、お兄ちゃんの手のひらが私の頭にポンと置かれた。
「悪い悪い俺が悪かった。忘れてくれ。おまえをそんな顔にさせるために言ったんじゃないんだ」
「どんな……顔よ……」
「言わないでおくよ。それに殿方の視線がさっきから痛いし」
少し滲む視界に入ったのは無言でお兄ちゃんを威圧する2人の姿。お兄ちゃんは手のひらを上に向けて肩を竦めてみせた。それがなんだかおもしろくて少し笑う。
「ところで、改めて自己紹介してもらえるかな。俺たちはあなたを知らない」
「おお、そうだったな。俺はミクの兄のトーマ・カーチス。歳は22で属性は風。数学を教えている」
「同い年か。俺はタク・スリザーク。ミクとここにいる生意気な小僧の担任でナヴィ校の生徒会の顧問をやってる。属性は水だ。理科を担当している」
「噂はかねがね聞いてるよ。それに親父からもね」
「お父さんからも?」
ここにいるのが私とお兄ちゃんとタク先生、ヤト君、アラン先輩だけでよかった。私の事情を少なからず知っている人の集まりだからだ。
タク先生はまだ知らないだろうけど、だいたいは今までの会話で察してると思う。
それにしてもなんでお父さん?
「ほら、親父あんな身体してんだろ?それで昔スリザーク家でお世話になったんだ」
「え?」
「あー、俺の実家、実は代々医者やってんだよね。俺はそれの影響受けて科学者になったって感じ。お父さんの容態は?聞けば知ってる人かもしれない」
「……それはちょっと憚られる内容だから教えられないな。まあ、酷い火傷って感じだな」
「火傷……カーチス……名前は?」
「カイン」
「あ、知ってるわ俺」
「えええっ?!」
あんまりにもポンと先生が返答するもんだから思わず叫んでしまった。慌てて口を塞ぐ。
でも会ったわけじゃないぞ、と先生は言った。もしも会っていたのならまた叫んでいただろう。
カイン・カーチス。私のお父さんの名前だ。
「自分の魔法で火傷したんだよな確か」
「は?そうなのか?」
「……先生、それは言わない方が良かったのでは」
「すまん。配慮が足りなかった。知られない方が良かった内容だな……ホントにすまん」
先生がそう公言すると、ヤト君は目を見開いて身を乗り出しアラン先輩は眉間にしわを寄せて戒めた。先生は申し訳なさそうに頭を下げる。
言ったもんはしょうがない、とお兄ちゃんは言ったけど言葉とは裏腹に厳しい顔をしていた。きっと私の立場がこのことを機に悪くなると思っているのだろう。
でも、そんな心配は無用だ。
「お兄ちゃん大丈夫だよ。2人を私は信頼してるし、私の家族構成も知ってる。先生だって悪い人じゃないって知ってるでしょ?」
「……ミクがそう言うなら。このことは内密にしてほしい。そのことを約束できるなら話の続きをする」
「「はい」」
2人は揃って頷いた。それを見たお兄ちゃんは満足そうに笑っていた。
「それに、ミクとは友達以上の関係なんだろ?」
「アラン先輩は最後の取引先で出会ってたけど……ヤト君は違うよ?」
「ふっ……」
私がそう言うとヤト君は乗り出していた身体をもとに戻しアラン先輩はニヤリと笑った。ヤト君はそんな先輩を横目でちらっと見た。
……見えない火花が散った気がした。
「ほほう……俺のいないところで妹に手を出していたとは……君、名前は?」
「アラン・サベルです。生徒会長をしています」
「生徒会長か……その顔立ちだし有望そうだからさぞかしモテるだろうね」
「いえ、一途ですから」
「それは頼もしいね」
にこやかだけどお兄ちゃんの言葉に淡々と答える先輩。お兄ちゃんも事務的な反応を示してるけど、それにしては口は笑ってるのに目が笑ってない。
……ここでも見えない火花が散った気がした。
「じゃあ、知られたくことを口走った償いとして、俺たちの秘密をバラしてしまおうか」
「は?秘密って……まさか、あれ言うのかよ」
「仕方ないだろ?ウソのつきっ放しもよくないし」
「まあ……な」
ヤト君は奥歯に物が挟まったような歯切れの悪い言い方をした。そんなヤト君を先生は宥めるように彼の背中を叩く。でもさ、普通にタメだよね。いいのかな?
でも、そんな心配はいらなかった。
「またまた実はなんだけど、俺たち血の繋がってない兄弟なんだ」
「きょ、兄弟?!」
これまたビックリ仰天。そんなこと急に言われても全然現実味が湧いてこない。
でも、会った当初から馬が合うというかテンポが合っているというか。初対面には思えないときも時々あった。
その親密さはそういうのが関係していたのか。今度は私が身を乗り出してその続きを待つ。
「それも噂で聞いたことあるぞ。親が養子をもらって弟ができたってな」
「そう、両親が出産に立ちあったんだけど母親が堪えられなかったんだ……シングルマザーだったから産まれた日に孤児(みなしご)になってしまってね……だから、スリザーク家に養子として引き取った。でも学校に通うのにスリザークを名乗れば色々と面倒だから、実の母親の名字のヨハンネを使うことにしたんだ」
「つまり、俺は孤児(こじ)であって孤児じゃない。孤児院にいたのは本当だが、それはスリザークの管轄内の院だ……だから、ずっとウソをついていたんだ。すまない」
「謝ることでもないけど……秘密にしなくてもよかったんじゃない?」
「そう言うわけにもいかないよ。義理であっても兄は兄。そんな人が担任だったら依怙贔屓してるんじゃないかって疑われてしまうよ」
あ、そっかと納得する。血族だったら依怙贔屓を疑われるのも無理はない。しかも生徒会でも関わっているから尚更だ。
「じゃあ、平等にしてるっていう証拠に隠したってことですか」
「まあ、アランは知ってたんだけどね。信頼してる後輩だし遅かれ早かれ気づかれると思ったから」
「いえ、先輩からそのことを聞いたのはまだ先輩が学生のときですよ」
「あれ、そうだったか?」
「自慢げに言ってましたよ。俺には可愛い弟がいると」
「可愛い……兄貴、何言ってんだよ先輩に。俺のどこが可愛いんだよ、男に向かって可愛いは禁句だぞ?」
「お、落ち着けって……そんなの今から何年前のことだと思ってんだよ。5年ぐらい前だから気にすることないって」
「そんとき俺は11か12らへんじゃねーかよ!可愛いの境界はとっくに過ぎてるっつーの」
「ま、まあまあ。俺にとっては可愛い弟だった、自慢だったの。許してくれって」
「とにかく俺は可愛いくねぇ!」
こちらでも兄弟喧嘩が始まってしまった。どうやらタク先生もブラコンに走っているようでヤト君はげんなりとしている。
似たような兄を持っているなんて……その苦労は身をもって体験ずみだよ。
隣から、俺たちも仲良くやろうな?とお兄ちゃんに言われたけど私はそれを無視してウインナーをパクっと食べた。そのパリパリと皮が砕ける音でお兄ちゃんの声をかき消す。
しばらく相手にしたくないと思った。
「で、聞きたい?親父のこと」
「……私が知りたい。お父さんとスリザーク家との繋がりを」
「ミクも大きくなったし、話してもいいか。親父が火傷を負ったのはまだ若いときだ。ちょうど卒業して母さんと結婚してすぐだった。あ、母さんとは学校で出会って先輩後輩の仲だったんだけど、母さんが卒業するときに迎えに行ったんだ。それでプロポーズしたらオッケーだったわけ。
んで、親父が留守のときに家に空き巣が入って来たわけだ。でも家には母さんがいて、当然の如く空き巣と母さんは鉢合わせ。母さんは必死に抵抗したけど、男の空き巣には敵わなかった。でも空き巣は盗みだけに留まらず、母さんにまで手を出そうとした。そんときに親父が帰って来てまたまた空き巣と鉢合わせ」
そこでお兄ちゃんは言葉を切ってお茶を飲む。そこからは神妙な面持ちで声のトーンを少し下げて話し始めた。
「……親父はもちろん怒った。母さんに怖い思いをさせたこととか空き巣への怒り。たくさんの感情が混ざりあってついには魔法のストッパーが外れたんだ。気づいたときはスリザーク家の病院で身体の半分は包帯でぐるぐる巻き。そして横には泣き崩れている母さん。親父は何が起こったのかわからなかったんだけど、母さんがぽつぽつと語って全てを知った。
あのあと親父は家が火に埋もれてしまうぐらい魔法を解放してしまったんだ。空き巣はもちろん逃げたけど親父は全然収まらなくて……そんで母さんが必死に呼び掛けたらいきなりふっと意識を失った。たまたま近くにいたスリザーク家の医者団が親父を引き取って手厚く看病してくれた」
「そこからは知ってる。家を無くし村の信用も失ったお父さんたちはキャラバンに加わったんでしょ?でもそれは私の知ってるキャラバンじゃなくて別のキャラバンだけど。お兄ちゃんが産まれるから比較的子供に優しいキャラバンに移ったって」
「そうそう。そのうちにミクが産まれたんだが、母さんは病気で死んだ。肺の病気で喘息とか酷かったらしい。出産するときも事情の知ってるスリザーク家に頼み込んで酸素ボンベを借りたそうだ。そこまでして俺たちを産んでくれたのに、俺たちは全然母さんを覚えてないのが悔しいんだよな……」
「母さんを知ってる人いないかな……話を聞きたい」
「それなら、俺んち来る?」
「ヤト君……?そんな簡単に会えないでしょ?忙しそうだし」
「いや、今は俺の親父が継いでるからじいちゃんはフリーだ。年代的に看病したっていうのはじいちゃん世代だと思う。だから会ってみる価値はあるはずだ」
「先生がそう言うなら会えるんですね!でもいつ会いに行けるかわかりません……」
「冬休みはどう?それで我が家で年越ししよう!夏休みは学園祭で忙しいだろうし冬休みは皆里帰りするから学校に残ってても退屈だ」
「それなら、俺も同行させてください。実は前の里帰りのときに勘当されました」
……なんですと?!



