「ていうかお兄ちゃんってエネ校だったの?」
「知らなかったっけ」
「全然」
「あちゃー……親父教えてないんだな。忘れてんのかも」
「……だから離して」
「イヤだ」
「視線が痛いんだってば!双方から痛いの!青と黒から白い目を向けられてるの!」
「白組なんていたっけ?」
「……ダメだこりゃ」
私ははあと深いため息を吐く。時々この兄がわからなくなるのは私だけなのか?
こんな兄でも一応頭が良くてなんでもできます。
「もう大人の目なんか気にしなくてすむんだからお兄ちゃんの気のすむまでやらせてくれ」
「だから無理っ!」
そう、兄は私たちがまだ子供の頃、大人の前では優等生を装っていたのだ。家庭が家庭なだけに、兄なりに気を使っていたのだろう。
でも、誰もいないときや家族だけのときはそりゃもう私にベッタリ。甲斐甲斐しく兄バカぶりを発揮していた。当時の私はまだ子供だし友達もいなかったから嫌ではなかったんだけど、今思えば辟易する。
そんな兄でも私の虚言癖はきっちりと叱った。自分自身もしたくなかったのか、いつも顔をしかめて苦しそうに私にダメだと念を押していた。なんでそんなに苦しそうな顔をしていたのかはわからなかったけど、たぶん兄は私が後ろ指を指されているのに、何もできない自分に我慢するので精一杯だったんじゃないかと思う。
後ろ指を指している本人たちに言いたいけど、相手は大人だから太刀打ちできない。
そんな諦めがあったから、兄は私に申し訳なく思ってこんな過保護になってしまったのだ。
せめてもの償い。
でも、私はそんなこと望んでない。自分を責めないで欲しかった。もっと自分のことも考えて欲しかった。
私たちのことが心配で、自分がいなくなってしまったらどうなってしまうのだろうと兄は気が気ではなかったのだ。だから学校へは行かずに働くと言い出してしまった。最後はお父さんの説得で渋々学校に行ったけど、もしもその説得がなかったら、今頃はお父さんと働いていたかもしれない。
そんな優しい兄が、こんな予期せぬところで私にベッタリとまとわりついているのである。
そんな兄に私は一撃を食らわせた。
「私はお兄ちゃんなんか嫌いだよ」
「なん……だと……」
「いつもいつもベッタリしてきて飽き飽きしてるの!でも今離してくれたら許してあげる」
「ミク……わかった、離す。けど約束してくれ」
「何?」
「お兄ちゃん大好きって言ってくれ!嫌いになんかならないでくれ~!」
そう言うと兄は私を離してオイオイと泣き出した。待ってマジで泣いてるの?周りからの視線が痛いんだけど。いや、憐れみの視線か?
そしてその目は私へと向かい非難の視線を送られる。待ってよ悪いの私?私なのか?
そして、ヤト君にボソッと決定打を打たれた。
「……恩知らず」
ヤト君は私の経歴を知ってるからそう言ったのだろう。確かにお兄ちゃんもお父さんも女である私に尽くしてくれていた。毎日少しずつ私と歩調を合わせて進んで育ててくれた。
……うん、まあ。嫌い……なわけないじゃん。その場しのぎでその場かぎりの言葉。
軽い気持ちで言った言葉は、時として最悪の過ちを招いてしまう。それなら最良であろうその言葉をその場しのぎでその場かぎりな気持ちではなく、本心をそのままさらけ出して告げるのがいいだろう。
でも……これはかなり恥ずかしい。もう注目の的となってしまっている。空からスポットライトを浴びせられている気分だ。
「お、お兄ちゃん……」
「ううっ……ミクが……可愛かったあのミクが……いつの間にか……ひっく……現代っ子になってる……」
なんだよ現代っ子って!そりゃ私だって年頃の女子なんだから兄が嫌になるときもあるわ!思春期真っ盛りだわ!
でも、心を静めて一気に吐露した。
「お兄ちゃんが色々と家族のことで我慢してたことは知ってるから嫌いなわけないじゃん!むしろ大好きだよっ!」
「ミ、ミクー!それでこそ我が妹だー!」
「ゲッ!泣いてたんじゃないの?」
「あれ?ウソだよ嘘泣き」
「……やっぱ嫌い」
「わあー!なんてこと言うんだミク!」
足元にすがり付いて来て上目遣いに見上げてきたけど、そのあとの言葉で何かがプツンと切れた。
やっぱ嫌い。離れてた分めんどくさくなってる兄に幻滅する。
「せ、先生?そろそろテントに戻りませんか?」
「気が利かないなラルクは。妹との再会を邪魔するのか」
「いえ、その……次の競技に移れないので……」
「……感傷に浸るのは向こうでもできるしな。テントに戻るぞ」
その場に残されていたのは私たちだけで、他の人は皆退場していた。綱さえも影も形もなく消えている。
……顔から火が出るとはまさにこのことかと実感した。



