「チサト先輩だー!」
「……」
「え、どこどこ?……チサトちゃん、ガチだね」
「凄ーい!断トツ!スバル君も凄かったけどチサト先輩の方が凄い!」
「……チサトちゃんは真面目だからね。かなり分析したんじゃないかな」
私が叫んでいると、ヤト君は黙りこみソラ先輩は苦笑いをしていた。その原因はチサト先輩の華麗なる戦術である。
駆け足跳びはかなりの猛スピード。麻袋はその袋の中でどうやってるのかわからなかったけど、ピョンピョンとリズムよく跳んでいた。平均台はもう走ってるようにしか見えなかったしグラついてもなかった。最後のハードルなんかは一番低いところを選んで、くぐらずに軽々と飛び越えてフィニッシュ!
ふう、と息を吐きながらスバル君と同じ列に並んだ。やった!一位が2人もいる!
そして障害物競争が終わった時点での順位は……黒を追い越して一位へと躍り出ていた。このまま突っ切れば行けるはず!
「勝てますよこれ!」
「ミクちゃんいつもより興奮してるね」
「だって知ってる人が次々と好成績を出してるんですよ?そりゃ嬉しくもなりますって!逆にソラ先輩テンションいつもより低くないですか?」
「そう言うミクちゃんはいつ出るの?」
「……玉入れです。不特定多数なので見つけられないと思いますけど」
「玉入れ?それなら僕も出るから一緒に行こうよ」
「リト先輩もだったんですね」
「けっこう好きなんだ玉入れ」
バスケに似てるよね、と2人で笑っていると、玉入れに出場する生徒は集まるように、とアナウンスが流れた。ちょうどいいタイミングだからビクッと驚く。噂をすればってやつだ。
「おい」
リト先輩の後ろをついていると、背中からヤト君に呼び止められた。その口元は意地悪そうに歪んでいる。
……嫌な予感。
「練習んとき見てて思ったけど、おまえ口閉じろよ」
「へ?」
「上向くといっつも開いてる。チサト先輩に激写されないように気を付けるんだな」
……予感的中。彼はそう言うとクククッと楽しそうに笑った。私には笑えない冗談だ。悔しくなってべーっと舌を出す。
彼はそれを見て驚いていた。
「せいぜい気を付けますよーだ!」
いちいちムカつく男だよまったく。いいよ口閉じるよ閉じればいいんでしょ?ご忠告どうもありがとう、撮られないように気を付けるからっ!
でも、あの驚いた顔傑作だったな。あの表情こそ写真にするかいがあるよね。
私が思い出し笑いをするもんだから、リト先輩に2人は仲がいいね、と言われてしまった。私は首を横に振る。
「全然!どこが仲いいんですか。私は嫌がらせをされてるんです!」
「そうかなあ……複雑だね。なんていうか壁が厚いっていうか」
「壁?」
「届いてないってことさ。君が怒ってるっていうことと、ヤトが嫌がらせになってるって気づいてないこと」
「それならヤト君が悪いじゃないですか」
「うーん……これは前途多難」
リト先輩は苦笑しながら私にそう言ったけど、私にはよくその意味がわからなかった。その真意を聞こうと思ったけど、ちょうど玉入れの出場者が集まるところに着いたから会話は切れる。
そして、前の競技が終わってついに玉入れが始まった。
私は必死になって青い玉を籠に向かって放り投げる。入る入らないは別として、できるだけ多く投げようと地面に転がってる玉をひたすら拾った。リト先輩の姿すらもわからないぐらい私たちの周りには砂埃が舞っていた。我慢して時間が来るまで投げ続けた。
……結果は青の負け。黒に負けたのだ。それでも二位だけどがっかりだなあ……あと3個ぐらい入ってれば勝ってたのにな。
でも気になることがあって退場したら早速探し出して捕まえた。
「チサト先輩っ!」
「な、なによいきなり……」
私の勢いに思わず後ずさった先輩だけど、私が事情を説明すると、ああ、とクスクスと笑ってカメラを指差した。
「バッチリ激写したから大丈夫よ」
「口、開いてました?」
「どうだったかしら。ズームさせるとブレが酷くなるしピントが合いづらいからあんまりやらないのよね。運が良ければ閉じてるんじゃない」
「そんな無責任な……」
「ふふふ……その様子じゃ出来上がりが楽しみだわ」
「内緒でヤト君にあげたりしませんよね?」
「さあ」
「え、ちょ待ってくださいよチサト先輩?!」
「あなただって人のこと言えないじゃないのー」
「それとこれとは話が別なんですよおー!」
笑いながら走って言い逃げしたチサト先輩に私は叫ぶ。確かに私もヤト君の珍しい写真持ってますけど、私の場合は恥ずかしいだけじゃすまないんですって!いい笑い者になるんですってば!
そう言いたいけどすでに見失った先輩に届くはずもなく、私は呆然と立っていた。無性に泣きたい気分。
絶望感にうちひしがれていると、いきなり肩を後ろから叩かれた。睨み付けるように振り返ったもんだから、その主に苦笑されながら顔すげぇぞ、と眉間に指をさされた。
私は無言でその指を手で払って押し当てられた部分を撫でる。確かに私らしくなかったかも。
「玉入れどうだった?」
「最悪……」
「まあ、負けたもんな」
「それもあるんだけどね……ねえ、聞いてよヤト君とチサト先輩がさー!」
「どうどう……落ち着けって」
私は自棄っぱちに肩に力を入れると、その被害を受けているソウル君に宥められた。誰かに聞いてもらわないと気がすまない。早口に今までのことを捲し立ててソウル君がストップ!というまで力説した。
「ヤトはこれはまた余計なことを言ったな。チサト先輩?はかなりの腹黒な人だな」
「チサト先輩はソラ先輩にも強気だから相当頭のキレる人でね?いつも余裕なんだよ」
「ソラ先輩?あの人が尻に敷かれてるのってその先輩のことだったのか。なんだかあの先輩の周りは噂ばっかり先走ってて、当の本人のことは知られてないのばかりだ」
「あーそうだね。アラン先輩もそうだったもんね」
『───綱引きに出場する生徒は指定場所に集合してください』
私が同意したところでアナウンスが流れた。綱引きは私もソウル君も出るから一緒に行くことにした。ソウル君は背が高いから視線の端に固結びされたハチマキの端っ子が見える。
それにしても生徒数が少ないとどうも出る種目が多くなってしまう。
「向こうに行けばヤトもいるはずだよ。ヤト君のせいで今怒ってるんだから!って言ってやったら?」
ソウル君は私を真似しながら笑って言った。
「そんなの悪足掻きみたいだからしないよ。それに似てないよ私に」
「そうかな?ヤトにあとで言ってみようか」
「やめてよ恥ずかしさで死ぬわ。それにどんな顔すればいいかわからなくなるから!」
「そん時の顔見たいな」
「ソウル君もそんなこと言って……」
「まっ、おまえは弄るとおもしれぇんだ」
「私はおもしろくない!」
ソウル君がそんなことをいけしゃあしゃあと言ってのけるから私は憤慨する。いちいちそんな理由で弄られたら堪ったもんじゃないよ。
ヤト君といいチサト先輩といい……ソウル君にまでもそんなことされたら、私のガラスのハートがいつか粉々に砕かれてしまうんじゃないかと心配になる。
「皆!女の底力見せてあげようじゃないの!」
「「「おおー!!」」」
着いた後ソウル君とは途中で別れて人の渦に飲まれていると、その渦の中心らしきところから威勢のいい声が上がった。それに答えるように雄叫びが聞こえた。
その中心人物は……恐らくアン先輩だろう。声だけでわかってしまえるなんて、先輩の影響力は偉大だ。
「アン先輩ー!」
「え?……あ、ミクちゃん!綱引き頑張るわよ!」
「でも出るのは女だけじゃありませんよ」
「男なんて力が互角なのは目に見えてるから、女の力でそれを後押しするのよ」
「なるほど。私たちが頑張れば勝利が見えてくるってことですね」
「力のない私でも、綱にぶら下がってるだけで重みになるんだから頑張らないと!」
「ヘレナ先輩、それはちょっと違う気が……それにあんまり意味ないと思います……」
私たちの会話を聞いていたヘレナ先輩が拳を握り締めて、気合いじゅうぶんに言ってのけた。でもぶら下がったらその後ろで引っ張ってる人の負担になるし、そもそも先輩細いから軽いじゃないですか!
でもそんなことを思っているわけもなく、白くて細い腕をぶんぶんと振り回して頑張るぞー!と張り切っていた。この人は少し天然要素があるみたい……
入場が開始され地面にドシンと居座っている太い綱を身体で支える。手を目一杯開いて綱を掴み、腰を落として準備万端。私は真ん中の女子ゾーンにいる。女子は男子に挟まれる形で配置されたのだ。
皆真剣だから熱い空気が辺りを覆う。相手はピンクだった。この戦いが終われば黒との戦いが近づく。空気が張りつめているから、先頭の男子が変顔……とかはやらないと思うよ。
……先頭をちらっと見たらソウル君だからやらないっていう補償、できないや。
そして、パーンとピストルが鳴らされた。一気に引っ張る。
本当は掛け声をかけるはずだったんだけど、皆綱に集中し過ぎて声を出すのを忘れていた。でもそんなことはなんのそので、掛け声を合わせることは必要なかった。なぜなら、皆は最初からひとつだったから。
心はピストルが鳴らされるよりも前に繋がっていたのだ。その証拠に唸ったりはしてるけど、誰も手を抜いていない。綱引きって大人数でやるから、皆がいるから全力じゃなくてもいいよね、と手を抜く人が出やすい。
でも、ここにいる青の軍団は誰ひとりとしてそんな怠慢な心を持っていなかった。
そのかいあってか、砂まみれになりながらも見事勝利し、喜びを分かち合った。ハイタッチを振られたからパチーンとアン先輩とやる。
……やっぱり痛かったけど。
「この調子でガンガン行くわよーっ!」
そんな調子でガンガン行ってしまい、気づけば目の前には黒の軍団がずらっと列を成していた。何回目かの直接対決。
綱を持ち上げ身体に固定し思いっきり踏ん張った結果は────?



