「くっそ!負けた……」

「まあまあ、惜しかったよ」

「それどっちのこと言ってんの」

「ええっと……シュート、かな?」

「そこ疑問系にする必要ねーし」



あのバスケの試合が終わって、今は夜の屋上にいる。もちろん話している相手はヤト君で、しきりに愚痴を溢している。

どっち、とかっていうのは……あのあと結局ヤト君の放ったシュートはゴールのリングに当たってポーンと跳ね返ってしまって、勝負はアラン先輩とヤト君の指先にかけられたんだ。

そう、じゃんけんで最後は勝敗を決めたんだ。ソラ先輩がヤト君を推薦して代表にし、アラン先輩は助かったからと代表を託された。

この2人の仲がいいのか悪いのかは知らないけど、お互い目の前で睨み合って指の関節をコキコキと鳴らして気合いじゅうぶんだった。

メラメラと燃え盛る熱とバチバチと火花を散らす視線が見えるようで、なんでそんなにムキになってるのか私にはわからなかった。

ただのじゃんけんじゃん。グーかチョキかパーしかないのになんでそんなに本気になれるの?


と呆れて見てたけど、じゃんけんが始まると思ってたよりも引き込まれた。勝負はそれでも呆気なく、アラン先輩がパーでヤト君がグーを出して一回目で終わってしまった。

項垂れるヤト君と慰めるソラ先輩とソウル君。一方、また胴上げされそうな勢いのアラン先輩と嬉しそうに駆け寄るリト先輩。

その温度差は見ていて少し仰け反った。



「ま、まあまあ。スリー決めたんだから、ね?」

「おまえ見てないし……」

「え、なに?」

「なんでもない。そろそろ戻れよ」



ヤト君の声がだんだんと小さくなるもんだから全然聞こえなかったけど、戻れよの言葉はちゃんと聞こえた。

確かにそろそろ戻らないとお風呂に入った意味がなくなるくらい汗をかきそうだ。今日は夜の方が暑かった。



「わかった。また明日ね」

「じゃあな」



私が屋上を去ったのを見届けると、ヤト君は立ち上がって上を見据えた。そこは屋上のさらに屋上。つまり今私が出て行ったドアのある壁の上。



「盗み聞きとはたちが悪いですね」

「そうか?俺がここで寝転がっていたらおまえが来ただけだろう」



ヤト君が声をかけると、そこにいた誰かの影がもぞもぞと動いてヤト君の前まで降りて来た。

ヤト君よりも背の高いその人は彼を見下ろす。



「ここで密会していたとはな」

「そんなたいそうなことはしてませんよ。それにあいつが勝手にここに来るだけです」

「……なるほど。彼女の意志ということか」



その影は眼鏡のフレームを指で上げると、単刀直入に言うが、と前置きをした。



「彼女は渡さない」

「なんのことでしょうか」

「惚けるな。狙っているだろう」

「先輩こそ狙ってますよね」

「おまえよりも昔からな」

「それなら俺は産まれてからずっとです」

「……どういう意味だ?」

「それは教えられません。先輩の知らないことです。それはあいつにとってはまだ知り得ないことでもありますし」

「……」

「とにかく、先輩には関係のないことですから。失礼します」



ヤト君は早々に話を切り上げるとその場を去って行った。しばらく佇んでいた影はボソッと呟く。



「牽制するつもりが仕返しをされて、さらには謎が増えてしまったか……」



そんなことが起きていたとは、私はずっと知らないままだった。