「ああ~これもダメ。ひげが不恰好過ぎる」

「おまえ求めすぎだぞ」

「だって……違うんですもん」



次の日、先輩に無理言って作品を作らせてもらえることになった。先輩一度作ってみてください、とお願いすると、固定観念を付けさせたくない、と却下された。それもそうか、と浅はかなお願いだったなと反省する。

ガラス細工って思ったよりも難しくて、修正を途中から入れるのは不可能に等しいから、最後まで納得がいってなくても作らないといけない。

それだけでもイライラするのに、出来上がりを見てさらに自分の腕の不甲斐なさに嫌気がさす。家事で培った手の器用さはどこ行った!



「初心者にしては上出来なんだからもっと自信持て」

「上出来でも納得がいかないんです。違うんです!」

「参ったな……そんなんで終わんのか?」

「……」

「ただ作ればいいってもんでもない。作った数が技術に比例するとはよく言うが、俺はそうは思わない。俺はな……魂が最も重要だと思っている」

「魂、ですか?」

「ああ。目の前の作品のみに魂を込めるんだ。どうせ次もダメなんだとカリカリしながらやったって意味がないだろ?それなら、一日一個作る方が上達することもある。まあ、人それぞれだがな」

「一日一個……」

「自己嫌悪に陥るぐらいなら、いっそ一発勝負にかけることもひとつの手だ。ひとつの作品を端正込めて作り上げれば、作品は必ず魂に答えるために形として残す」

「一日一個……」

「あくまでも参考に、だぞ?それをやるかは自分で決めろ」



ただ練習のために作品を作っても怠慢な作品しか作れない。それは練習だと思ってるから。

限りある日数しかないのに一日一個にすればさらに窮屈な状態になってしまうかもしれないけど、でもそれは全力投球なんだ。全てが本番、全てが本気。

魂を込めて作るなんてやったことないけど、やる価値はあるのかもしれない。やらないとわからないことの方が多いんだ。



「一日一個、やってみます」

「ああ。俺も一日一個の作戦で行こうと思っている」

「先輩もですか?プロ並みなのに」

「プロ並みでも日進月歩。進むことを止めれば後退しかないからな」

「そうですね……」



先輩も一日一個にするなんて驚いたけど、その方が自分に合っていればその方が上達しやすい。私の場合はわからないけど……

先輩はもう今日は終わりにするらしい。後片付けをやり始めたから私も手伝う。



「このあとどうするんだ?」

「……まったく考えてませんでした」

「それなら生徒会室寄ってけ。学園祭の昔のパンフレットが残っているはずだ」

「あ、見たいです!どんなものなのか」

「だと思ってな」



先輩は微笑んでから荷物を持った。タオルは首にかけたままでなんだか不思議な格好だけど、本人が気にしていないならとやかく言う必要はないかと放っておく。

他の部員に挨拶して部室を後にした。最近知ったんだけど、あそこ部室扱いになってるんだって。最初からそう言ってくれればいいのに。誰も教えてくれないんだもんなあ。


歩きながら気になることを質問する。



「いつから眼鏡かけてるんですか?」

「眼鏡?……学校に入る少し前かな」

「眼鏡かけてるからわからなかったのかもしれないと思ったんです」

「あー……よく言われる。眼鏡かけてんのとかけてないのとじゃ別人だよなって」

「それソラ先輩ですよね」

「……まあな」



廊下に靴音を響かせながら階段を上って生徒会室にたどり着いた。ドアを開けても誰もいなくて、しーんと静まりかえっている。

アラン先輩は荷物をテーブルに置くと、積まれている段ボールをガサゴソと漁りだした。パンフレットを探しているのだろう。



「あ、あったあった」



下の方の段ボールから出てきたのは何冊ものパンフレットの束。表紙の絵はどれも違くてその年の学園祭を盛り上げようとしているのがひしひしと伝わる。

風景画もあれば人物画、影絵みたいに真っ黒な人形の絵が描かれていたり、逆に模様だけのもある。

取り敢えず去年のをパラパラっと見る。



「ガラス細工は……展示なんですね」

「大抵の部活は展示だろ。運動部はすることないから出し物はしていない。展示は……写真と美術と手芸くらいか?」

「あとはクラスごと……クラスごと?!考えないといけないんですか?」

「食いもんでもよし、アトラクションでもよしのなんでもありだ。楽しいやつを考えてくれよ?生徒も客なんだからな」

「はあ~……たいへんそう」

「たいへんな分やり甲斐もあるし達成感もある」

「皆知ってるのかな……」



考えておかないと後々本当にたいへんなことになる。間近に迫ってからじゃ期間が短すぎて外装とかが間に合わなくなっちゃう。

外装だけじゃなくて内装もあるみたいだから、尚更できる時間は限られてしまうのだ。でも、食べ物だったらなんか楽しそうだな。カフェっぽいのとか憧れる。


妄想に浸っていると、突然生徒会室のドアがガラガラと開けられた。ビクッとしてそちらを見ると、そこにはリト先輩が息を乱して立っていた。

アラン先輩が首を傾げていると、リト先輩がいきなりアラン先輩に頭を下げた。



「試合、出てくださいませんか?」

「試合?俺が?」

「はい。メンバーのひとりが足首を痛めてしまって……練習試合なんですけど、でも今回は負けると今度の学園祭で奢らないといけなくて……」

「ソラは?」

「ソラ先輩は相手チームにいます」

「……それ乗った」

「はははっ……お願いします!」



ソラ先輩が相手と知って目の色を変えた先輩。やる気をメラメラと感じる。

そしてあの意地悪な笑み。さてはソラ先輩に奢らせるつもりだな?



「ミクもついて来い」

「私もですか?」

「おまえがいた方がいい」



……不覚にもその言葉と柔らかな笑顔でドキッとしてしまった。最近アラン先輩にはドキドキさせられて心臓が痛い。

どうしちゃったんだろ。



「じゃあ、行きます」

「急いでください!」

「ああ」



2人が走って行ってしまったので慌てて後を追う。


でも、アラン先輩制服のままだけどいいのかな?タオルはさすがに置いていたけど。そもそもアラン先輩はバスケ強いのかな?サッカーの試合に出てたからサッカーの方が上手ってことだよね。

色々と思うことがあるけど、今は体育館に急ぐのが先決だ。試合が始まってしまう。


体育館に着くと、すでに試合が始まってしまっていた。上履きを脱いで小走りでコートに近寄る。

それにしても凄い熱気。それほど奢りたくないということだ……ということは、出し物にはお金がかかるってこと?ウソ~……貯金しとかないとダメじゃん。

どうでもいいことを考えていると、目の前にボールが飛んできて慌てて避けた。



「うわっ……」

「ミク?!」



そのボールを拾ったのはヤト君で軽いデジャ・ヴを覚えるけど、その目は驚きで大きく開かれていた。でもその目はすぐにコートに向けられて見えなくなる。

試合を改めて見ると、どうやらソラ先輩のチームにはヤト君がいて、リト先輩とアラン先輩は同じチームにいるようだ。アラン先輩は制服だから凄く目立ってる。