俺は堪らず左手で右腕を押さえながら踞る。すげぇいてぇ……
骨折はしていないと思うが、打撲か?……取り敢えず続行不可能なのは色を見てわかる。青紫色で見ていて気持ちの悪い色だ。内出血をしているに違いない。
俺が踞っていると、ソラ先輩たちが駆け付けて来た。俺の腕の色を見るなり顔をしかめる。
「ヤト、もう止めた方がいい。利き腕だろ?無理はダメだ」
「代わりは……ソウルがいるから保健室行って来なよ。まだまだ序盤でやり足りない気持ちはわかるけどね」
「……」
ギリッと奥歯を食い縛る。なんで俺がこんな目に……
あのでかいやつを睨み付けるも、申し訳なさそうな顔をして見てきやがる。そんなの演技に決まってんだろ!
はらわたが煮えくり返るのを感じるが、ここで理性を失えば大惨事になりかねない。炎が暴走すれば取り返しのつかないことになる。
俺の隣で毛を逆立ててフーッと威嚇している相棒を見やる。頼むから怒るだけにしてくれ。
気持ちを収めようと深呼吸を繰り返していると、あいつが近寄って来た。心配そうに眉間を歪めながら声をかけてくる。
「大丈夫?」
「ああ……」
「ミクちゃん、ヤトを保健室に連れてってくんない?得点は僕たちがするから」
「でも……私にも試合があります」
「走って戻ればなんとかなるっしょ!」
能天気にソラ先輩にそう言われ呆気に取られているあいつ。
迷惑はかけられないと思い、膝を立たせて自力で立ち上がる。今頃また腕が鈍く痛みを発しているが、平気な顔をして立ち去ろうとする。
「俺はひとりでも平気っすよ先輩」
「平気じゃないでしょ、顔色悪いし」
「俺ひとりがいなくなるために迷惑はかけられません。今こうしている時間ももったいないし」
「……」
「バカだね。迷惑だって思ってないのに」
「は?」
あいつは俺の前に立ちはだかると、俺の左腕を掴んできた。そしてぐいぐいと軽く引っ張る。
その眉間にはまだしわが寄っているが。
「あんたが折れないから時間が無駄になってくのよ」
「……だからひとりで「それは私の役目でもあるの!救護班でもあるの生徒会は!ほら、さっさと行くよ」
さっきよりも強い力で引っ張ってくる。何をそんなに怒っているのかはわからないが、そろそろ相棒も限界に近づいているからここで退くことにした。案外こいつも頑固だな。
おとなしくコートから出てソウルに声をかける。
ソウルは俺の頭を手で上からぽんと軽く叩いた。そして、俺の左肩をバシンと叩いて任せろ!と勢いよく言ってからゼッケンを着てコートに立つ。
あそこは本当は俺の立ち位置だったのだと改めて自覚すると悔しいが、でかいやつがソウルを見て顔をしかめているところを見るとざまあみろと思えてくる。
おまえの敵は、俺だけじゃねーんだぞ。
「腕、痛くない?」
「大したことない」
「ウソばっかり。冷や汗出てる」
「冷や汗じゃねー」
「ま、どっちでもいいや。取り敢えず保健室行こ」
体育館から出て保健室に向かう。ゼッケンを着たまま歩いている俺に周りの視線が集まるが、俺の腕の色を視界に入れるとなるほど、といった目で見てくる。
変色は徐々に広がりつつあり、片手では収まりきらなくなってきていた。
居たたまれない気持ちになっていると、前からカラフルなタオルが差し出された。差出人はもちろんあいつ。
「これ、使ってよ。見られたくないんでしょ?この際女物だとかは気にすることないし」
「……」
「もう!はっきりしなさいよ。ほら」
無理やり俺に手渡して前をふんと振り返ってから歩き出す。さっきよりも歩行速度が速まっていて、俺の歩調に合わせていたことが窺えた。
……情けねーな俺。自分のことばっかじゃん。
今まで自分のことと目的のことしか考えてなかったから、周りのことを考える余裕なんてなかった。それで人付き合いが悪いと言われても文句は言えない。
迷惑かそうではないかは相手次第なのに、俺は勝手に決めつけてそれを強引に相手に合意させていた。
こんなめんどくさい俺をこいつは心配してくれているのに、ちっとも俺はそれを考えていなかった。
俺は少し口角を上げてから、小さな声でその背中に言う。
「ありがとう」
俺の声が届いたのかはわからないが、少し歩調を緩めたあいつ。心なしか耳が赤くなっているのが髪の毛から見え隠れしている。
……照れてんのか。
そう思うと俺も照れ臭くなって、あいつのタオルを当てている手に力を込めた。



