彼がいなかったら、今私はここにいなかっただろう。

私が保健室にいたということは、誰かが見つけてくれたってこと。

誰が見つけてくれたのか。

それは、他ならぬヤト君しかいない。


魔物に呑み込まれた後、どうなったのかは知らない。あとでヤト君に聞いてみようと思うけど、聞かなくてもいいような気がする。

私は救われた。

それだけで、確かな証拠になるのだから。それだけでいいんだ。生きているから。


私はこれまでの生活を思い返して、泣きながらクスクスと笑ってしまった。そんな私にヤト君は言った。



「変なやつ」

「変なやつで結構。バカだしアホだし自分勝手だし」

「そのわりには周りに変に気を使っているしな」

「そうかな。ヤト君は周りに変にバリアを張って不機嫌オーラを漂わせてるよね」

「そうか?」

「私はそんな風に感じないけど、皆は近寄りがたいって言ってる」

「そうか……そうだろうな。でも、おまえは感じないんだな?」

「そうだけど?」

「それなら、俺がおまえに気を許しているからだ。おまえはすでに俺の作った壁の内側にいるってことだと思う」

「何それ、思うって。自信無さげだなあ」

「おまえは感じないのか?俺が内側にいるのか外側にいるのか」

「うーん……片足は内側にあるかもね」

「それなら、もう一本足を踏み入れてもおまえは拒まない?」

「拒む理由もないしなあ……」

「それなら、ご褒美をくれてやる」

「え……っ?」



腰を解放されたてから何かカコンと音が鳴った後、ヤト君は私の目を塞いでいた手のひらを退けた。

暗闇から浮かび上がったのは、ヤト君の閉じられた瞳。


そして、口の中に転がってきた丸くて固くて甘いもの。


……それは、飴だった。


イチゴ味をした飴が、柔らかくて温かいものを伝って歯に当たった。カコンと音が鳴って、さっきの音は歯に飴が当たる音だったんだと納得する。

でも、味わえたのはほんの一瞬だった。


だんだんと深くなる口づけに、私はただただ受け取ることしかできなかった。苦しくなる息、甘く蕩ける口内。

動き回る、彼の想い。


その想いを、私は受け入れた。

だって、彼の情熱的な愛撫がたまらなく嬉しかったから。


その愛撫は、私の意識が朦朧としてきたところでやっと止まってくれた。



「ここが保健室じゃなきゃな……」

「うえ……?」

「ごちそうさん。甘かったな」

「どういたしまして?」

「おまえは……まったく。どうしようもないやつだな」

「あのね、ヤト君」

「うん?」



恥ずかしそうに目を逸らした彼に、私は素直な気持ちを言葉にした。



「魔法の飴で……なんでこんなに心臓が暴れるのかな?おとなしくなるはずなのに」

「それは……」



ヤト君は含み笑いをすると、そっと私の頬を指先で撫でた。

彼はふわりと今まで以上に優しく微笑むと、私の耳元で囁いた。



「おまえが……ミクが俺が好きで、俺はミクが好きだからだ」







安定剤でも何でもないただの飴だったことを知ったのは、先生がその後教えてくれた。植物の成分を含むって言っていたのは、信憑性を高めさせるためだけであって、ただの嘘だった。



「よく言うだろ?効かない薬も、信じていれば効いてくるって」



それって詐欺じゃん、と先生に言ったら確かにな、と笑われた。でも実際にそういう心の治療をスリザーク家は行っているそうで、子供なんかにはよく効くらしい。

この薬を飲んでみて。そうすれば楽しいことが増えるから。

とかなんとか言って、無料でこの飴を配ることもしばしば。

その効果は人それぞれだけど無料だから詐欺にはならないよ、と先生はその後訂正したけど、結局は結果オーライということで目を瞑ってくれない?と頭を下げられた。

そんな先生に、騙されたことを怒る気も失せるもので。

私も笑って許してしまえた。それほど、私の心は晴れ渡っていた。


そして、そんなただの飴に私は感謝した。




『魔法の飴』




それは、私と彼限定の恋を後押しした『魔法の飴』だったのだから。





───────~Fin~───────