「兄貴、これ……」

「念のため、だよ。魔法が使えなくなった場合はそれで対処して」

「……」



その鈍く黒々と光っているのは俺の最終手段。引き金を引けば、人の命を奪える物だ。

麻酔銃としても使えるが、万が一の場合は凶器と化する。

これを最初に見たときはなかなか手を伸ばすことができなかった。でも、兄貴の手も僅かに震えているのに気づいて意を決して受け取った。

兄貴だって、絶対に不本意ながらも俺に差し出したんだ。弟に人殺しを頼む兄などどこにいるのだろうか。


拳銃を受け取ったのがつい昨日のことだ。その翌日に、ミクはいなくなった。

だから後悔している。もし、あのとき受け取らなければ、もしかしたらミクはまだ寝ていたのかもしれないと。


そんなのは、想像でしか過ぎないのに。


この何年もの間、紫姫についての知識を片っ端から頭に詰め込んだ。まだまだ知らない部分も多いが、そこら辺にいる研究者よりは豊富だと思っている。

過去の英雄であり、悲劇の中心であり、永遠の謎である紫姫。

発祥の地さえもよくわかっていない。初代紫姫についての記述はほんの僅かだけ残されてはいるが、参考には至らなかった。でも、それで良かったのかもしれない。謎のままの方が、実態を知るよりも安全だと思う。

知り過ぎても、恐ろしくなるだけだ。


紫族が『島』に籠り、異世界に紫姫候補を転送していた。しかも、その人の父親の命を代償にして……

考えられないようなことを平気な顔で実行していたのかと思うと、思わず背筋がぞっとする。宗教よりももっと生々しい。


正直、ミクの存在を知り紫姫の歴史を知ったときは恐怖を感じた。ミクも恐ろしい概念を持っているのではないかと。

今にしてみれば、甚だ筋違いな見解であるとバカバカしく思う。けど、そのときの俺はまだ幼かったし想像でしか思い描くことができなかった。しかも、かなり偏った空想を────



相棒の後を追いながらも、注意はあいつへと注いでいた。気配を感じられればそれでいいし、勘でもいい。

とにかく生きている証拠を見つけたい。その存在を確認したい。

危険な目に会って、しかもあいつはひとりで戦っている。勝っているのか負けているのかもわからないこの状況の中で、俺は無事だけを祈った。



間違っても、自ら命を絶つような真似はするなよ。