「ん……」



身体を起こして辺りを見回す。ここはよく知ったところ……保健室のベッドの上だ。

ふと、隣のベッドを見れば布団が膨らんでいる。よくよく見れば僅かに上下している。頭まですっぽりと布団を被っているからよくわからない。


……誰?


ベッドからそっと出て靴を履く。少しよろめいたけど、深呼吸をして心臓を落ち着かせた。

時計を見れば今は六時過ぎぐらい。冬だからちょうど日の出あたりだ。カーテンの隙間から朝日の光が漏れている。

少し肌寒い空気に肩をすくめながら恐る恐る隣のベッドに近づいた。そして、布団を摘まんで上に少し引き上げれば、誰なのかがわかった。


……ヤト君だ。もしかして、ずっと側にいたの……?


その優しさに鼻の奥がつーんとしたけど、ここで泣いてる場合じゃない。

視界に紫姫の指輪がよぎって改めて自分の使命を思い出す。自分の使命は魔物を倒すこと。魔物は年々力を失いつつある。でもここで抹殺しないとまた増えてしまう。

雑草は根こそぎ取らなければ。

布団をやんわりと元に戻す。私には向かわないといけない場所があるんだ。魔物の龍が潜んでいる場所。


それは、闘技場。体育祭をしたところだ。魔物はさっきまで学校の下にいたんだけど、私から逃げるためにそこに移動したんだ。力が溜まっているここにまた戻ってくる可能性は高いけど、なるべく皆の手を煩わせたくない。

私には、紫姫の力が戻った。マナと心を通わせたことで力が解放されたんだ。

治癒はもちろん、瞬間移動、力の無力化……他にも色々ある。これほどの力を持っていたなんて自分でも驚きだ。お母さんが恐れる気持ちもわかる。

第一、私自身が恐れてるんだから。紫姫が持っていた力も、お母さんが持っていた力も持ってるし。


そろりそろりと寝ているヤト君から離れようとしたけど、はたと立ち止まった。寝顔なんて滅多に見られないじゃないか。いつも机に伏せてるかそっぽ向いて寝てるし。

これはレアだぞ?と思って進んだ分戻った。そして、また布団を捲る。


伏せられた睫毛。少し開いた唇。ヨダレが出てないのが残念だ。乱れた前髪から覗く眉間にはしわが寄っていた。

多分、無理やり寝たんだな。ぎゅっと目を瞑ってる。

その原因が私だと思うと本当に申し訳なくなる。優しくその前髪を撫でれば、少しだけしわが戻った。少しでも身体の緊張を緩和できればいいな……


そして、顔の横にあるヤト君の手をぎゅっと握った。ごめん、本当に自分勝手で。

ヤト君が目を覚ましたとき、隣に私がいなかったらどう思うんだろう。怒るかな?心配するかな?

それとも、呆れる?でも、私の居場所なんてわからないよね。瞬間移動するからここから出た形跡もないし、追いようがないし。

迷惑をかけることはわかってる。でも、被害は出ないよ。これが最善の策なんだ。だから、わかって。責任は私が背負うから。


因縁を、断たないといけないんだ。


ヤト君の手の甲に頬を寄せて、体温をこの身に焼き付けた。必ず戻ってくるからね。だから待ってて。絶対に戻ってくるから!

少しだけ唇を寄せてから、パッと離れた。気づかれる前にここから退散しないとね。

後ろ髪を引かれる思いでヤト君を見下ろす。あんまり弄ると起こしちゃうから、見るだけ。


あなたは、巻き込みたくない。十分巻き込んでるけど、これ以上は……



「絶対、戻って来るからね……」



そう呟いて、私は保健室を後にした。