おまえのせいじゃないし、すべて龍が悪いんだ、と説明してやった。それでも納得できない様子でしばらく顔をしかめていた。


線香花火とは、他の意味でもおもしろいと思った。線香花火を見る人の目は、その雫一点を見ているようで実際は別のものを見ているのだと。

思い出かもしれない、誰か大切な人かもしれない、はたまた未来に対する不安かもしれない。

色々なことを思うのに、線香花火は一役買ってくれる。これから起こるであろう災害や混乱を心を落ち着かせて考えることができた。もし、マナが暴走したら……俺たちに勝ち目はない。でも、もしも、自由になったとしても俺についてきてくれたらこれ以上の喜びはない。

そっと隣でとぐろを巻いている相棒を見やれば、そんな俺の心情をしってか知らずかうたた寝をしていた。以前は反抗していたときもあるこいつ。

今は頼り甲斐があり信頼しているが、また牙を向けられると思うと胸が痛い。俺たちは抑える以外にマナに手を出すことはできないが、マナにとって人間なんてひ弱な軟体動物と同じだ。焼けば死ぬし、潰せば呆気ない。

そんな人間に力を貸しているマナの有り難みを……見えないやつらは到底理解していない。それが龍は我慢ならなかったのだろう。


それは仕方のないことだが、どう説明していいかわからない。


見えないものを無理やり意識させるのは無理な話だ。幽霊を信じるか信じないかは個人の勝手なのに、信じろと強要されては分かり合えないだろう。俺だって幽霊信じてないし。

人間はかなり難しいし面倒だ。ひとりじゃ何もできないくせに、大勢になると勢いが増す。ひとりが幽霊を信じていなかったら、恐らくそのひとりをリンチして無理やり仲間にさせるだろう。信じてないなんてバカらしい、と。そして、そのひとりも信じるなんてバカらしい、と。

人間は強要を嫌う。でもひとりでは何もできない。多数決で少数派だったやつらの意見は見事に揉み消される。それほど、人間は同じ色に染まることを好んでいる。

そして、異色なやつは……除外される。俺は今でも忘れていない。今は親しいクラスメートの視線を。

俺が孤児だと兄貴から言われたときの、畏怖と好奇の視線を。

所詮そんなもんなんだ。人間は外見と経緯に一番こだわる。固定観念と先入観が強い。それだから、俺は一時人間不信に陥った。

その原因は……受け持ってくれた義理の父親と母親。旦那様や奥様は最初からフレンドリーで気にしていないようだったが、責任から俺を引き取ったあの二人とは少し距離があった。

俺とどう接すればいいか、という戸惑い。子供はそれを敏感に感じとる。もちろん俺は例外ではなく、ギスギスとした雰囲気があったけど、兄貴が仲介に入ってくれたおかげで少しは緩和できた。でも、未だに極力会いたくない。


その分かり合えないギスギスとした隙間を、俺たちはどうしようもできない。どうにかしようとしても何をすればよいやら……別に喧嘩しているわけじゃないから、仲直りすればいいという簡単な話じゃない。

だから、正直学校に出発したときは心が踊っていた。ミクに直接会えるという期待もあったが、それ以上に兄貴のいなくなった家から脱け出したかった。旦那様や奥様もいたけど、父親や母親を差し置いて頻繁に話していればさらに溝が深まると思って遠慮した。


仕方ない、と言えばそれですむ。孫、となれば可愛いと感じられるかもしれないが、息子、となれば訳が違う。自分で産んだ子供ではないから、敬遠されても不思議じゃない。

それを、俺は受け入れた。諦めたんだ。父親と母親との関係を。

でも、ミクとカインさんの話を聞いたら、家族っていいな……と初めて思えた。助け合いながら生きていくその強さが、俺には眩しすぎた。でも、目を瞑らずに見ていたいとも思った。

そこで気づいたんだ。俺はまだ失望していないのだと。諦めたけど、まだ失望してはいない。

もし、こんな俺に子供ができたら……と不安で堪らないが、恩返しにとあの人たちに孫を見せたいと思う。

でも、このことは内緒だ。兄貴に気づかれた日には、泣いて喜ばれるだろう。できれば悟られたくないと思う……羞恥で死にそうになるだろうから。



「四日後に皆帰って来ちゃうのか……とすると、ぼちぼち帰って来るやつも出てくるな」

「それは困る。わざわざ敵陣に無防備に晒すのは良くない」

「足止めする方法もないし……」



兄貴がぽつりと呟いた言葉に反応した俺。学校が始まる前日か二日前から学校に戻ってくるやつは珍しくないらしい。確かに足止めはできないな。

でも、ここは力が充満してくるんだから、来れない、という可能性も考えられないか?



「けど、火山がこの下にあるってことは地震が起きるんじゃないか?それなら、地震多発地帯として立ち入り禁止になりそうだけど」

「地震かあ……厄介だな」

「それに、力が溢れてるんだから船で飛んで来るにしてもコントロールできないはずだ。それならここに来るのを止めると思う」

「そう上手い具合に行くか?学校を目前にして指をくわえて待てるはずがない」

「あー、わかんね!」



俺が苛立ち混じりに叫ぶと、さっきまでバチバチと弾けていた線香花火が呆気なく落ちた。これが俺の最後の分だったのに……惜しいことをした。

兄貴はそんな俺の様子には気づかずに、うんうんと唸っている。あんなに唸ってるのに線香花火が終わらないのが不思議でならない。



「んー……じゃあ、スリザーク家の力を行使して足止めをさせる?」

「できんのか?そもそも伝える手段なくね」

「そうなんだよね……どうしたもんか」

「あの~……それなら俺できると思います」



やっと最後の線香花火に取り掛かったラルクが控え目に手を挙げた。その瞳は期待と不安が入り交じっている。



「どうやるの?」

「俺が買い物に行ってるじゃないですか。どうやって街まで単独で行っているかというと……バイクを使ってるんです」

「おまえっ!未成年だろ!」

「仕方ないだろ?それしか方法がないんだからな」



不安の部分はこれのことだったのか。バイクとは、属性が炎のやつが乗る乗り物のこと。風なら飛ぶ船、水なら浮く船と、それぞれ使える乗り物がある。

それらは成人にならないと扱ってはいけないという決まりがある。未成年はやはり魔法の制御がまだ不安定だから禁止されているのだ。

なのに、こいつは二輪車かつ至るところでも一番融通の利くバイクを乗りこなしている……

元生徒会長だろーが!なにやってんだよ!


俺が軽蔑の眼差しを向けていると、カインさんがおもむろに口を開いた。



「俺が許可したんだ。不便だろうと思って」

「どこで手に入れたんですか?」

「もともとは俺の物だったんだ。でもここで暮らすことになってずっと仕舞って置いたんだが……彼なら使い道があるから譲った」

「でも、危険だとは思わなかったんですか?」

「何度か誰にも見つからないところで練習したし、おんぼろバイクだから魔法にも慣れている。新品だったら譲ることはあり得ないよ」



カインさんは俺を宥めるように、ゆっくりと説明してくれた。ああいう乗り物は、新品の内は扱いにくくて大体の人は中古を買うか、貰ったりする。特にバイクはその差が激しく、なかなかエンジンが掛からなかったりいきなりオーバーヒートしたりするときもある。

だから、バイクは使い勝手はいいが少々問題児、というわけだ。ちなみに、キャラバンは大抵馬車だ。たまにバイクの技術を応用して魔法でそれを動かしている人もいるが、疲れるし狭い道は通れないからあんまり広まっていない。



「彼に、一任させてはどうだろうか。スリザーク本家の分家はここら辺にたくさんある。その内のどれかに伝えれば、たちまち広まるだろう」

「……そう言うことなら。ですが、それはあくまで情報が間に合ったらの話です。間に合わなければ、もうどうすることもできませんよ」

「つまり、途中で彼が問題を起こせばそれは叶わない、と言いたいのかな?バイクを壊したり、警察に見つかったりすればアウトとなるだろうけど、彼ならできると思うよ」

「なぜ、そう言い切れるんですか?」

「これまでの彼を、見てきたからね」

「……っ!」



そこで俺はハッとした。信頼した目で見つめるカインさん。その先には照れ臭そうにしているラルク……そこには確かに絆があった。

お互いを認めるのに、時間や身の上は関係ないんだ。大事なのは、一緒にいた時間、話した時間、笑いあった時間……その長さで、人間の関係なんてどうにでもできる。

途端に俺は自分を恥じた。

なにやってんだよ俺は……義理だからって自分から壁を作って、アホか?


俺が諦めたんじゃない。俺が期待から拒絶に気持ちを切り替えたから、あの人たちは戸惑いから諦めに変わってしまったんだ。


顔を会わせたくないから自分の部屋に籠ったりして……まだ小さい時に退屈だろうと施設に預けられたときはまだ淡い期待を持っていた。俺の場合は完全な孤児ではなかったから、両親のいない間は兄貴とともに施設に預けられたんだ。学童保育みたいな感じでな。

そして、その淡い期待というのが、両親のどちらかが迎えに来てくれること。毎日毎日、溝を感じていながらも待っていた。でも結局、迎えに来るのは従事の人ばかり。たまに視察がてら奥様が来たこともあったけど、やっぱり親に来て欲しいと思っていた。

十歳頃になると、身体が大きくなったから実家で過ごすようになった。兄貴ももう学校に行き始める年頃だったというのもある。施設でも兄貴を通して周りとつるんでいたようなものだったから好都合だった。


俺は、あのときの気持ちを忘れていた……でも、今度はあのときみたいに待ってるだけでは埒が明かないと痛感した。

カインさんとラルクのように、見えない信頼を造り上げたい。

この騒動が終わったら、なに食わぬ顔で話しかけてみようか。今年の大晦日にでも、一言言ってやろうか。

『花火をやろう』と。

花火は交友を深めるにはもってこいだとわかったし、実際にこうやって静かに語り合えているのは花火のおかげだ。


季節外れの花火を、今度は家族とやりたい。


そんなことを、先輩が昼食を持って来てくれるまで校庭をぼんやりと眺めながら考えていた───