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ミクside



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「へえ~……またヴィーナスさんが来てたんですか」



私は感心したように呟いた。会ったことのないヴィーナスさん。どんな人なのか気になるけど私に降りてるんだから会うのは無理な話だ。


やけに皆が暗い表情をしていたから聞いてみれば、それだけだったんだとおかしく思う。なんであんなに深刻そうな顔をしてたんだろ。先輩にいたってはあんまり視線が会わない。

ヤト君は彼らしくなくキリリとした顔で、いつもの仏頂面はどこへやら。だから違和感がさらに増して気持ち悪い。



「それで、何を話したんですか?」

「……龍を誘き出す方法だ」

「おお!それで、何をすればいいんです?」



先輩が答えてくれたけど、なんだか元気がない。私と周りの温度差が大きくて戸惑う。

私は苦笑い気味で質問をしたけど、皆は一回顔を見合わせた。もしかして、言いたくないのかな?でも、なんで?

私が疑いの目を向けていると、先生がいきなり目を輝かせた。そして何度も頷いてから私にパッと向き直る。


先生は明るい口調で私に言った。



「実はね、ヴィーナスから本人に言うなって言われてるんだ。意識したらできないことだからね。だから教えることはできないけど……ミク、花火やらない?」

「突然ですね……花火、ですか?そう言えば海に行ったときにできなくて残念でしたけど……」

「それなら、やろうか花火。ヤトもやりたかったんだろ?いい息抜きだと思ってさ、な?」



先生はヤト君に向かって提案した。ヤト君はあからさまに何言ってんだ?っていう顔をしたけど、じーっと先生を見た後ため息を吐いた。

そして、投げやりに頷く。



「わかった。花火なんてどこで買うんだよ」

「買ってあったやつがまだあるんだ。湿気ってなければちゃんと遊べるはずだよ……皆でパーっと盛り上がろう」



先生は思い立ったが吉日、と言ってどこかへと走って行ってしまった。恐らく生徒会室にでも行ったのだろう。花火を本当にやるらしい……季節外れの花火だけどね。暗くなるのが早いから、夕飯の前でも後でもやるにはちょうどいいのかもしれない。

それなら、夕飯は早めの方がいいのかな。先輩にも元気をつけてもらいたいしなあ。


今日の献立を考えていると、先生が慌ただしく戻って来た。その手にはしっかりと花火の入った袋が掴まれている。

先生はそれをジャーン!と言って見せびらかした。カラフルな手持ち花火がかなりの量入っている。一体何人用なんだろ……

ヤト君も呆れたようにそれを見た。



「随分気合い入ってたんだな」

「そりゃ当然!ヤトは初めてだから」

「花火なんて懐かしいな」

「ですよね。大人になってから一度もやってませんよ」



お父さんもまじまじと花火を見つめる。確かに、花火をやったのなんて私が小さい頃だ。取引先に少し長く滞在することになったとき、お父さんがその街で買ってきてくれたんだ。お兄ちゃんとはしゃいで一緒になって走り回った。花火を持ちながら走り回るもんだから、お父さんが慌てて私たちを追いかけていたのを思い出す。

……そのとき、すでにお母さんは居なかった。


まあ、私としては線香花火の方が性に合ってるんだけどね。じっくりとパチパチと燃える雫石は風情があってなかなか飽きない。ポタリと落ちてしまうと少し寂しくて儚いけど、それまでのスロースタートからの盛大な火花は見物だ。最盛期が過ぎればまた静けさを取り戻す。

それは、私に似ていると思った。いつもはそうでもないけど、いったん楽しくなればいつまでもテンションが高い。

その余韻は、なかなか冷めづらい。


私は豪快にカツを揚げながら思い出していた。パチパチとカツから油が弾けるのを聞きながら線香花火と重ねる。

今日はカツ丼。先輩のために脂身をあらかじめ落とした。胃もたれしないように配慮して、サラダもスープもつける。

カツを揚げてー、玉ねぎと一緒にとじてー、丼によそられたご飯に乗せてー……

残された汁も垂らせば出来上がり!こんなに揚げ物をしたのは初めてだ。やっぱり人数が多いと疲れるけど、作り甲斐がある。


皆で手を合わせてから食べ始める。あの日から食卓にはラルクさんも参加している。彼にも手伝ってもらったから揚げ物にも関わらず予想よりも早く仕上げることができた。

ヤト君もご飯を炊くのが板に付いたのか、ちょうどいい水加減に火加減。肉汁を吸ってご飯が輝いて見える。

ボリュームのあったカツ丼をあっという間に平らげて一息ついてから、私たちは防寒をしっかりしてから外に出た。


空には数多の星が輝き、三日月がひっそりと佇んでいる。冬だから空気が澄んでいてさらにその輝きは増していた。龍の星屑が川のように瞬いている。


私たちは騒ぎながら花火をそれぞれ手にした。線香花火はお預け。

お父さんが指先に火をつけて蝋燭に灯した。そこに我先にと花火を近づける。その灯火はあっという間に花火に燃え移り、ブシューッと勢いよく明るい閃光を放った。

それを別の人の花火につけて、どんどんと引火させる。私のところにも火が回ってきて、ヤト君に分けてもらった。緑色の閃光が噴射される。

おーっ、と歓声を上げていると、どこからともなくヤト君のネコが現れて、私の花火にじゃれついてきた。火花にネコパンチを食らわせている。

熱くないのかな?と笑って見ていると、ヤト君がネコの後ろから花火を吹っ掛けた。ネコは驚いて飛び退いたけど、その正体を知ってさらにじゃれつく。ヤト君は猫じゃらしを扱うかのように花火をぶんぶんと回している。ネコは嬉しそうに必死にその光を追い掛けていた。


持っていた花火が終わったから、水の入ったバケツにぽいっと捨てる。そして地面に広げられている新しい花火を手に取ってまた火を点けた。すると、足元をちょろちょろっと何かが走って行ったから尻餅をつきそうになった。

慌てて目で追うと、それはなんとネズミ花火!よく見れば先生が私を見てニヤニヤとしている。どうやら先生の仕業のようだ。

やったなー!と私は仕返しをした。そのネズミ花火を追い掛けて爪先で蹴って先生の方に飛ばした。先生はうおっ!と片足を上げて避ける。今度は私がニヤニヤとした。ざまあみろ!


先生はコノヤロー!といきり立って爆竹を投げてきた。どこかに隠してたのそんなの!

私は身の危険を感じて走って逃げた。先生そんなに本気にならないでよ!


バチバチとやかましい音が辺りに響く。爆煙が充満して火薬臭い。鼻と口に手を押し当てて煙をぶんぶんと手で払う。これはやり過ぎだ。

私が白煙の中でさ迷っていると、いきなり腕を引っ張られた。そして煙の迷路から脱出する。


引っ張った主を見ると、苦笑しているヤト君だった。ヤト君はゴホッゴホッと咳を軽くした後、話しかけてきた。



「うえっ……煙多過ぎ」

「先生本気出すんだもん……たかがネズミ花火ぐらいでさ」

「しかもこれ、改良したやつだ。いや、改悪か?」

「なにそれ……」

「あいつが理科の先生だってことを忘れるなよ」

「あー……そゆこと」



多分、夕飯を作っているときに工作したんだろう。先生は食事中終始怖いほどにニコニコとしていた。その笑顔の裏にはこんなものが隠されていたなんて……

それにしても、煙い。



「来い」

「え?ちょ、ちょっとヤト君?」



私も軽く咳をしていると、ヤト君にいきなり手を引かれた。しかも、手首じゃなくてしっかりと手のひらを握られる。

ぎゅっと強引に握られた手。それを離したくなくて、私もぎゅっと握り返した。意外だったのか、ヤト君は私を振り返る。

でも、目を見開いたのは一瞬のことで、次には穏やかな笑みへと変わっていた。今までになく極上の笑顔。

どこに連れられるのかはわからないけど、ヤト君といると安心した。


ヤト君は私を連れて誰もいない学生寮に入り、どんどんと階段を昇って行く。このシチュエーションが二人きりなことを思い出して今さらながらに恥ずかしくなった。暗い寮で二人きりで手を繋いでいる……顔に熱が集まる。

そんな私にお構い無しに突き進んで行くヤト君。私は気づかれないように、空いている方の手で顔をパタパタと扇いだ。冬だというのに暑い。


そして、ヤト君が行き着いた先は……屋上。さらに近くなった星たちに感激していると、ふいに後ろなら目を遮られた。ひんやりと少し冷たい手のひら。その冷たさが火照った顔にちょうどいいけど、なぜそうするのかわからない。



「ちょ、ちょっとヤト君?どうなってるの?」

「しー……っ」

「ひゃっ……!」



耳元でしーっと静かにするように、の意味の吐息を吹かれた。直に耳に当たって変な声を上げる。そんなに近くにヤト君の顔が迫っているとは思いもよらなかった。

真っ暗な視界、火照る顔、くすぐったい耳元……私の心臓は大暴れしていた。状況が把握できずに心拍数が上昇する。

堪えられなくなってヤト君の手を取り払おうとしても、まだだ、とまた耳元で言われては力が抜けてしまう。


どうしちゃったの私……?