俺は慶次が“小松ちゃん”と言う度にイラっとする。前はその事に文句を言う理由がなかったが、今なら言える。正確に言えば、今後は言えるようになるはず、だけれども。


「えー、何で? そんなの僕の勝手じゃない?」

「いいや。これからはそんな勝手は許されないんだ」

「それってどういう事?」

「すぐにわかるさ。それより、みんなをここへ呼んでくれないか?」

「みんなって?」

「母と叔父さんと叔母さん。あと爺やもだな。珠はどうせいないんだろ?」

「うん、たぶんね。それより、なんで? みんなを呼んでどうするの?」

「質問の多い奴だなあ。知らせたい事があるからに決まってるだろ? とにかく早く頼む」

「わかった」


慶次が応接間を出て行くと、俺は横でおとなしくしている小松を向いた。


「小松……」

「は、はい」

「おまえ、俺に服従するって約束したよな? 金と引き換えに」


俺がそう言うと、小松は無言のままゆっくり顔を上げた。そして、その大きく澄んだ瞳で俺を見つめた。

その目は、俺に何かを訴えているようだが、それは何なのだろう。怒りや蔑みのように見え、しかし憂いや悲しみにも見える。

いずれにしても喜んでいない事だけは確かなようで、


「やめてもいいんだぞ?」


なんて、俺は心にもない事をつい言ってしまうのだった。ところが……


「いいえ、やめません。私はあなたに服従します。……お金のために」


小松はキッパリそう言い切った。本当はやめられると困る俺は、ホッとしたが同時にムカッともした。小松が言い足した、“お金のために”が気に入らなかったのだ。俺が先に言った言葉ではあるけども。皮肉を込めて……


「よし。だったら、俺がこれから言う事とする事に、おまえは一切逆らわないこと。わかったか?」

「はい。……ご主人さま」