「あのさあ、あんた、軽い社会見学のつもりで来てるんなら、帰ってください。迷惑です」
「え」
「親が社長なんですよね? だったらそこに行って下さい。金持ちの両親にずっと甘やかされて育った女なんかに、仕事なんか、できないと思います」
「………」
「正直うざいです」
…ふすま越しに、ナイフみたいに突き刺さってくる冷たい言葉。
社会見学、社長、甘やかされて、女なんか…。
何それ。
何それ。
あたしが社長の娘で、金持ちで、だったらなんだっていうの。
親の評価が一生あたしに付き纏うっていうの。
―――あたしがどんな風に生きてきたかは、全く評価されないっていうの?
何それ。悔しい。超悔しい。
あたしは、なにかを言葉にしようとした瞬間、突然咳が止まらなくなってしまった。
そんなあたしを見た紺野さんは、再び冷たく言い放った。
「体調悪いのに飲食店で働こうと思ってたんですか? 本当考えなしですね。マスクもしてないし、バカなんですか?」
「げほっ、けほ」
「帰ってください。ここはあんたがいる場所じゃない」
ガチャ、とドアが開いて、すぐに閉まった。
紺野さんがいなくなっても、咳が止まることはなかった。
「けほっ、っく…」
喉が痛い。苦しい。呼吸ができない。
あたしは、そのままずるずると壁にもたれかかりながら、崩れ落ちた。
…喘息だ。
そういえば、軽い発作が、センター試験の前日からよく続いていた。
息を吸うたびに、胸から変な音がする。
咳き込むと喉が激しく痛むから、あたしは必死に咳を押し殺した。



