紺さんは黒ポロシャツを乱暴に脱ぎ捨てると、すぐに隣の部屋に移ってしまった。

どうやらわたしはあの人にものすごく嫌われてしまったらしい。

あの人の鋭い眼光を思い出すだけで、背筋がぞっとする。


「大丈夫ですよ、真冬ちゃん。あの子思春期だから同年代の子を過剰に意識しちゃっただけだと思いますよ」

「あゆ姉さ…あれは、意識するどころのもんじゃ…なかったです…よ…」

「紺野柊人(コンノシュウト)、18才、あなたとは違って高校には通っていなかったけれど、この店では一番の古株なんですよ。料理は店長と紺ちゃんが全部作ってます…もはや副店長ですね」


高校に行っていない…?

そうか。そういう選択肢もあるのか。

驚いているあたしに、名取さんは話を続けた。


「遅れたけれど、わたしは名取あゆむ、あっちのチャラいのが、吉良光流。よろしくお願いしますね」

「光流でいいよ。見た目チャラいけど実は中身は…と見せかけてほんとにチャラいタイプでっす」

「あ、こちらこそ、よろしくお願いします! えっと、光流君、あゆ姉さん!」

「わー真冬んソフト放置ー。光流悲しー」


ぺこっと頭を下げたけれど、あたしの頭の中は紺野さんのことでいっぱいだった。

どうしよう。なんだか冷や汗が止まらない。なんだか気持ち悪い。


「じゃあ、わたしたちはそろそろお店に戻りますね」

「じゃあな、真冬っ」

「えっ」


モヤモヤとしている間に二人は食事を終えてしまった。

ササッと脱いだ黒いエプロン(光流さんは黒の前掛け)を着て、二人は食卓のごみを片付け、さっさと出て行ってしまった。

残されたのは隣の部屋にいる紺野さんとあたしだけ。


しん、と静まり返った空気が、痛い。


どうしよう。話しかけに行こうかな。うざいかな。


「あのさあ」


と、その時、いきなり紺野さんが口火を切った。

低くてよく通る、冷たい声。