「光流…?」



営業終わり。

仕事を終え、2階の自室に向かうと、光流が、白い首筋を見せて、俯いて立っていた。

突然降りだした雨に濡れて来たのか、毛先からポタポタと水がしたたり落ちていた。

ドアの横についている小さなライトだけが、そんな光流を、照らしていた。

驚いて近づくと、光流は、俺の部屋じゃなく真冬の部屋を開けようとした。

鍵がかかっているから開くはずがないのに、そのドアはキィと乾いた音を立てて、簡単に開いた。


真冬の部屋を覗くと、そこは彼女が来る前の部屋に、戻っていた。


ポタポタと、光流の毛先からしずくが落ちる。

毛先だけじゃなく、頬にもしずくが伝っていることに気付いて、俺は言葉を失った。

光流の口から出る言葉を予想したら、頭の中が真っ白になった。




「真冬は、もう帰ってこないよ」




白い首筋を見せたまま、光流がぽつりとつぶやいた。

俺は必死に、自分の動揺を隠して、彼もまだ困惑していることを気遣ったうえでの質問を必死に考えた。


「なぜ……ですか……」


でも、俺の頭はもうそんなことを考えていられるような状況じゃなかった。

俺の質問に、ようやく光流は顔を上げた。


「真冬の兄が、真冬を無理矢理辞めさせたんだ」

「え」

「いずれ、紺ちゃんに恨まれる前に、辞めた方が良いって…」

「俺が…真冬を……?」