「…あの、もしかして親って、桜野編集社…?」

「…それがなにか」

「あ、何がって訳じゃないんだけど、真冬と同じバイト先なんだ、俺」

「……あいつと?」

「…そう、それで最近長期休暇取ってるから、元気してるかなー?って気になって…」


真冬の名前を出した途端、彼の瞳はより一層冷たくなった。

俺は何となく、真冬の家庭環境を把握した。


「最近帰ってきているようだが、一切俺は関わっていない」

「顔も合わせてないの?」

「…あんな低脳と話すことなど何もない」

「……」

「もういいか? では」


…そう言って、彼は背中を向けた。

…真冬は、自分の家庭環境のことなんか、一切俺に話したことはなかった。

でも、実家に帰りたがらないから、あんまり仲良くはないんだろうなとは思っていた。

まさか、ここまでとは思いもしなかったんだ。

真冬のことを何も知らなかったショックと、兄の真冬に対する態度への怒りで、俺は暫し固まった。


…俺は、本当に普通の家庭で育って、普通の暮らしをして、普通に生きてきた。生きてこれた。

笑ってる周りの皆もそうなんだろうと思っていた。



でも、きっと、世の中には、

どんな苦しみがあっても、それを経験しても、平気なふりをして生きてる。そんな人が沢山いる。



真冬も、紺ちゃんも、…きっと、由梨絵ちゃんも。

皆それぞれ色んな事情があるんだろう。

正しい方向が分かってても、進めない時があるんだろう。



…真冬。

心配だよ。

はやく、帰ってきてくれ。



「っ…あの!」

俺は、気づいたら走って兄の肩を掴んでいた。

「…あの、住所、教えてくれませんか」

「………」

「真冬を迎えに行きたいんです」


こんな話、飲み込むわけない。

分かってる。

でも、いちかばちかの賭けだった。





「……南目白駅東口をおりて、目の前の交差点を左に曲がってずっとまっすぐ行くと、大きな門がある。きっと行けばすぐわかる」

「え…」

「吉良の名前で、通すように言っておく」